ドゥ・マゴで逢いましょう'98


1998年11月5日(木)

11月5日木曜日。有給休暇。晴れ。

スパイシー・ラブ・スープ/愛情麻辣燙/Spicy Love Soup

今日の1本目、映画祭通算7本目は、張楊監督の初監督作品『スパイシー・ラブ・スープ』。コンペティション部門で、会場は渋谷ジョイシネマ。

まず、張楊監督とアメリカ人プロデューサー、Peter Loehrさんの舞台挨拶。張楊監督からは「この映画はもう何度も観ているが、観客と一緒に観るのが好きなので楽しみ」という挨拶、Peter Loehrさんからは、「ファンのために映画を作っているので、日本のファンの声を聞きたい」という挨拶があった。Peter Loehrさんの口から流暢な日本語が出てきたのは驚きだった。日本に5年間いたということで、日本語、英語とも自分で話していた。

■映画について

片思いの高校生、再婚を望む中高年、倦怠期の夫婦、離婚する子持ちの夫婦、若いカップルの5組のエピソードがオムニバス風に展開する映画。結婚を決めた一組のカップルが各エピソードの合間に登場し、両親との対面、新居への引越し、婚約指輪の買い物、結婚の登録、結婚写真の撮影という結婚へのステップを上っていく。その各場面の中で次のエピソードの登場人物とすれ違い、それをきっかけに彼らのストーリーが始まるという構成。『恋する惑星』の影響かなという気がしないでもない。

内容的には、笑わせて泣かせる良質の娯楽映画で、ストーリーはなかなか面白かった。低予算で、香港でいえばUFO映画のような感じである。しかし、観客のための映画ということが強く意識されているためか、説明が少し過剰だ。特にほろりとさせる場面がくどく、もうちょっとさらっと描いてほしかった。また、オール北京ロケのわりに映像的な魅力は乏しく、音楽も過剰(滾石唱片提供)である。

一番気に入ったエピソードは、さわやかでかわいらしい第1話。第2話も好きなのだが、終わり方がちょっとつまらない。最後の部分はない方がよかったのではないだろうか。

最初の4つのエピソードは、よく考えるとあまりありそうにない話だけれど、身のまわりのどこかで起こっていそうだと思わせるリアリティがある。ところが最後のエピソードだけはリアリティが希薄で、ちょっと浮いている。終わり方は悪くないので、それに合わせてもう少しコミカルな話にまとめればよかったと思う。

ティーチイン

(概要はここ↑をクリック)

『スパイシー・ラブ・スープ』ティーチイン
もともとティーチインは予定されていなかったと思うのだが、急遽開催されることになったようだ。司会兼英語通訳は、数年前に通訳としてよく見かけた白人の女性。北京語通訳は、映画祭等ではけっこうおなじみの錢行さん。ティーチインの質は、司会者や通訳の質によるところも大きい。映画やその国に関する知識や理解度が大きく影響するのはもちろん、気持ちの入り方みたいなものが雰囲気を左右するように思う。全体的に英語通訳の質は悪く、また、コンペティション(特にオーチャードホール)の司会もひどいことが多い。今日のメンバーは、その点安心して見ていられる。

今日はひとりなので、Librettoを打ちながら写真を撮らなければならず苦労する。しかし、会社の友人K嬢が錢行さんのファンだと言っていたので、写真をたくさん撮る。

監督はわりと淡々とした感じだったが、プロデューサーのPeter Loehrさんは熱意に溢れていた。かつて日本にいて、今は中国で映画を作っているアメリカ人という、経歴が気になる人である。彼は都会のふつうの人の生活を撮るということをさかんに繰り返していて、私もずっとそういう中国映画を熱望していたので、非常に共感した。

故郷の春/Spring in My Hometown

今日の2本目、通算8本目は、李光模監督の長編第1作『故郷の春』。コンペティション部門で、会場はオーチャードホール。

前の映画のティーチインが予定外で、時間の余裕がなくなったので、オーチャードホールまでがんがん走る。スニーカーをはいていてよかった。

安聖基様(と呼ぶほどのファンでもない)ご出演映画というのがこの映画を観に来た理由のひとつだったのだが、舞台挨拶に現れたのはイ・グァンモ監督ひとり。静かな中にも観客の狼狽がなんとなく伝わってくる。司会者によれば、今成田に着いて、ティーチインの終わりごろには到着しそうとのこと。安聖基さんは、今年の地味なゲストリストの中で、ほとんど唯一の華である。また彼は毎年のように来日しているが、いつも予定が合わず、今年やっと見に来たので、ぜひ間に合ってほしいと願う。

■映画について

朝鮮戦争中の小さな村の日常を、ソンミンという少年を通して描いたもの。父親が米軍基地に職を得て豊かになっていくソンミンの家と、共産主義者の父親が連行され、貧しくなっていく親友チャンヒの家が対比的に描かれる。自国の内戦に乗じた、しかも米兵に女を斡旋するといった仕事で豊かになるソンミンの父親を通して、内戦、アメリカ軍の進駐、赤狩りといった苛酷な時代と、それをなんとか生き抜いていく人々を描いている。

ソンミンの目を通して見たものを、さらに監督が見ているという構成が、ロングショット、長回し、動かないキャメラというスタイルで表現されている。監督と登場人物との世代的な距離が、キャメラと対象との距離で表されており、ソンミンやチャンヒは顔がわかる大きさに撮られているが、彼らの父親や母親には、かろうじて区別がつく程度以上にキャメラが近づくことはほとんどない。俯瞰気味のショットが多いのも、現在と当時との時間的な距離を表現しているのだと思う。

『故郷の春』ティーチイン
隅々まで神経が行き届いた端正な映画だが、その一方で、ちょっと頭でっかちというか、映画自体の勢いのようなものが弱いともいえる。

ティーチイン

李光模監督は、この映画を撮るにあたって、映画についても歴史についても非常によく研究したであろうことが、応答の随所から感じられた。

安聖基さんは、ティーチインが終わるのにぎりぎり間に合って登場。簡単な挨拶のみだったし、ステージが遠く、前から2列めにいてもあまりよく見えなかったが、やはり彼はなかなか渋い。年と共に味が出ていると思う。

Don(ダン)/Don

『トゥルー・ストーリー』上映時の写真
今日の3本目、通算9本目、そして今年の映画祭最後の作品は、Abolfazl Jalili監督の最新作『Don(ダン)』。シネマプリズム部門で、会場は渋谷エルミタージュ。

『ダンス・オブ・ダスト』のティーチインで話に出た『トゥルー・ストーリー』上映時の写真がロビーに貼ってあったので(右の写真)、上映開始前に見る。とてもよく撮れていて、観客ひとりひとりの顔がよくわかる。私もしっかり写っていた。Jalili監督は、2年前に比べてどのくらい年をとったか見て下さいと言っていたけれど、自分ではぜんぜん変わっていないと思う。

■映画について

出生届が出ていないため身分証明書を持たない少年Farhadが、職を得ようと奮闘する話。ドキュメンタリーの部分、フィクションの部分、事実に基づくフィクションの部分が入り混じっていると思われるが、詳細はよくわからない。

途中、台詞がないのに英語字幕がどんどん流れていたり、ストーリーのつながりがおかしかったりしたのだが、終わってから、手違いで第3巻と第4巻が入れ替わってしまっていたとの説明があった。タイプライターの会社に就職する部分と、そこからタイプライターを借りて、それをお父さんが売ってしまう部分とが入れ替わっていたのだと思う。少し混乱したし、こういった手違いは腹立たしいが、それでも十分楽しめた。

主人公Farhadは、両親は麻薬中毒で、学校にも行けず幼い時から働いて家計を助けている。身分証明書がないので自分がイラン人であることさえ証明できず、職を得るのも容易ではない。客観的に見れば、彼の身の上は悲惨この上なく、ひどく悲痛な映画だと思われるかもしれない。しかし、映画の中の彼からは強さや明るさの方がより感じられるし、映画はとにかく面白い。

この映画は、大部分が対話の場面で構成されている。採用してもらうための雇用主との会話、駅や郵便局の窓口での会話、裁判所や警察での尋問、監督のインタビュー。ここで話される言葉には、真実もあるし、誇張もあるし、嘘もある。率直なときもあるし、演技もある。それらが入り混じった対話中心の構成は、事実とフィクションとが混じり合った映画のスタイルと呼応していると思う。また、対話の面白さが、全体をユーモラスにしてもいる。

Farhadはとても印象的で、特に最後の笑顔がよかった。こんなことをしょっちゅう書いている気がするけれど、素人の子供が魅力的な映画が最近多い。

ティーチイン

『Don』ティーチイン
Abolfazl Jalili監督の話を聞くのは一昨日に続いて今回2度目になる。彼は、話し好きで、ユーモアがあって、いい意味で前向きな人で、本当に観客との対話を楽しんでいる。大きなスタジオで大スターを使って映画を撮るのもある意味でパワーを要するだろうが、Jalili監督のように他人の人生の中に入っていくような映画を撮るのは本当にパワーが必要だろう。一見気さくな普通のおにいさんという風情だが、そのパワフルさの一端は話しぶりからもうかがえる。

イラン映画を観たり、こうして監督の話を聞くたびに思うのだが、イランという国ほど、ニュースから受ける印象と、映画から受ける印象と、監督から受ける印象の異なる国はないのではないだろうか。

☆☆☆☆☆

時間に余裕がなかったことや、会場が分散していたこともあり、今年は期間中まったくドゥ・マゴには行けなかった。審査員の劉暁慶さんにも会えなかったし、その他のゲストを街で見かけることもなかった。しかし、たったの9本しか観ることができなかったものの、はずれがなく、なかなか水準が高くて満足している。公開されなさそうな作品も多いが、公開されたら皆さんぜひ観て下さい。


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作成日:1998年11月10日(火)
更新日:2004年12月11日(土)