ドゥ・マゴで逢いましょう'98


1998年11月3日(火)

11月3日火曜日。有給休暇。晴れ。

枕の上の葉/Daun Di Atas Bantal/Leaf on a Pillow

今日の1本目、映画祭通算4本目は、Garin Nugroho監督の長篇第4作『枕の上の葉』。コンペティション部門で、場所はオーチャードホール。

舞台挨拶は、Garin Nugroho監督とプロデューサー兼主演女優のChristine Hakimさん。インドネシアを代表する女優であるChristine Hakimさんは、もうそんなに若くはないと思うが、さすがにスターらしい華のある人である。今日の挨拶はプロデューサーとしてのもので、長篇を撮る前からGarin Nugroho監督に注目していたことや、インドネシアが経済危機にみまわれて映画製作も困難になったが、強い意志をもってこの映画を完成させたことなどがエネルギッシュに語られた。『眠る男』に出演した関係だと思うが、群馬県からの観客に対するお礼の言葉もあった。しかし正直言って上映前の挨拶としてはいささか長い。

■映画について

ジョグジャカルタの路上に暮らす3人のストリート・チルドレンの物語。実話に基づくストーリーで、主役の子供たちを演じるのは、実際のストリート・チルドレン。彼らの母親代わりでもあり、憧れの女性でもあるAsihをChristine Hakimが演じている。

彼らがどうして路上で暮らすことになったのかといった背景は語られず、悲惨さが強調されるわけでもない。流しや靴磨きといった仕事をしたり、街をぶらついたり、盗みや喧嘩をしたりといったありきたりの日常と、その中での彼らとAsihとの交流が、淡々と綴られている。そして彼らを次々に襲う死も、日々の出来事と同じ重さで描かれ、実にあっけない。それだけに、その後の彼らの不在の寂しさが心にしみる。

主役を演じる3人の少年たちが素晴らしい。ふつうの少年と変わらない子供らしい顔と、自分の才覚でひとりで生きていかなければならない大人の顔が入り混じった表情と意志的な眼差しは、忘れられない印象を残す。これらは彼ら自身が身につけているものであろうが、それをごく自然な演技の中に引き出した監督の演出も見事である。

また、彼らの生活の場である街も、この映画の重要な登場人物である。屋台や市場の喧噪、カキ・ルマの夜のたたずまい、光の溢れる線路などが生き生きととらえられており、そこから溢れ出る生活感がいい。

ティーチイン

(概要はここ↑をクリック)

『枕の上の葉』ティーチイン
今年からコンペティション部門の作品でも上映後にティーチインが行われることになった。そのことは非常に喜ばしいことである。しかし、ここオーチャードホールでは、高い舞台の上で行われ、観客との距離が遠すぎる。そもそもオーチャードホールは映画館ではないので、映画を観る環境としても全くよくない。主催者側としては、メイン会場として綺麗な器を用意したいのだろうし、キャパシティの問題もあるのだろうが、よりよい環境で映画を観れることの方が大切である。ティーチインの新設も、作り手と観客との対話の機会を増やすことにあると思うので、ちゃんと対話できるような会場を考えてほしい。

次に観る映画との間隔があまりなく、ティーチインの途中で抜けざるを得なかった。最初の質問に対するゲスト2人の回答が非常に長かったので、その最後までも聞けなかった。出演した少年たちのその後という話は、確かに知りたくもあり、興味深い内容だったが、どちらかといえば、映画そのものについての話が聞きたかったと思う。

戦争の後の美しい夕べ/Un Soir Apres la Guerre/One Fine Evening After the War

今日の2本目、通算5本目は、Rithy Panh監督の長編第2作『戦争の後の美しい夕べ』。シネマプリズムで、会場は渋谷エルミタージュ。渋谷エルミタージュは今年から会場として使われるようになったが、他の会場から遠いため移動が辛い。

■映画について

内戦終結直後のプノンペンを舞台に、復員してきた若い兵士Savannahと、貧しい農家から売られ、ダンスバーで働く女性Srey Poeuvとのメロドラマ。監督はカンボジア人で、撮影もカンボジアで行われているが、フランス資本で、スタッフもフランス人が多いようだ。

メロドラマという形式を借りて、内戦直後のカンボジア社会の過酷な現実が描かれている。メロドラマというのは、多くの観客を呼ぶのには有効だろうと思うが、物語と背景のバランスなどが難しいと思う。ドキュメンタリータッチで撮られた前作の『米に生きる人々』がよかったので、例えば、復員した3人の兵士のプノンペンでの生活をドキュメンタリー風に綴るなどの方がよかったのではないだろうか。

しかしこの映画は、『米に生きる人々』の続編的な意味合いもあって、その点で中心はSrey Poeuvの方にある。前作では辛い農業の現実が描かれていたが、その根底には戦争が終わった喜びがあり、家族が力を合わせて苦難を乗り切ろうという愛情や信頼があったように記憶している。そこが救いだと思ったのだが、あの後も不作が続けば娘でも売らなければ生きていけず、それが今回のSrey Poeuvであるともいえる。監督は、前作よりもさらに厳しい現実を見つめ、Srey Poeuvに未来への希望を託しているように見える。戦争の終わりは苦しみの終わりではなく、長い長い再生の苦しみへの第一歩にすぎないのだろうか。

一面の水田を走る列車や、夜のプノンペン、線路ぎわのバラックなどをとらえた映像は美しいが、人物のクローズアップが多い点が個人的には好きではない。

ティーチイン

『戦争の後の美しい夕べ』ティーチイン

(概要はここ↑をクリック)

Rithy Panh監督は、作品の印象から繊細な感じの人だと想像していたのだが、実はかなりごつい人だった。しかし、全身黒ずくめで、さすがにおフランスに住んでいるだけあってお洒落である。

観ればわかるだろうというような質問が多くて残念だったが、それに対して監督は、その背景とかそこに込めた思いなども含めて誠実に答えてくれた。

☆☆☆☆☆

『枕の上の葉』で少年たちが手で食べていたミー・ゴレンがおいしそうだったので、『ジュンバタン・メラ』で夕食を食べる。

ダンス・オブ・ダスト/Raghs-e Khak/Dance of Dust

今日の3本目、通算6本目は、Abolfazl Jalili監督の『ダンス・オブ・ダスト』。引き続きシネマプリズム部門で、場所も同じ渋谷エルミタージュ。Jalili監督の作品を観るのは、2年前に観た『トゥルー・ストーリー』に続いて2本目。

■映画について

煉瓦作りをしている村に住む少年を主人公に、季節労働者の少女との交流、煉瓦作りの労働などの日々の生活が綴られた映画。台詞が一切排され、すべてがイメージで語られる。風の音と少年の孤独な表情が、いつまでも心に残る映画である。

一方、過密なスケジュールの日の夜8時から観るには少々辛く、午前11時にプログラムしてほしい映画だ。

ティーチイン

『ダンス・オブ・ダスト』ティーチイン

Abolfazl Jalili監督の『トゥルー・ストーリー』が上映された2年前の東京国際映画祭で、ティーチインのときに監督が客席の写真を撮った。私もその客席にいたのだが、その写真が木曜日の『Don(ダン)』の上映時に見られるらしい。楽しみである。

Jalili監督の話には司会の市山さんが何度も出てきて、おそらくペルシャ語はわからないであろう市山さんが心配そうな顔で聞いているのが、客席から見ていておかしかった。

その市山さんの今後のプログラムに関するコメントに、「来年も映画祭があれば」という問題発言があった。今年は資金的に相当苦しいらしいと聞くが、このまま不景気が続けば存続が危ぶまれるということだろうか。東京国際映画祭は年々よくなってきていると思うので、なんとか続けていってほしい。


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作成日:1998年11月10日(火)
更新日:2004年12月11日(土)