SARSの季節/口罩時光
2003年5月1日(星期四)
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5月1日、木曜日。労働節[注1]。台北。雨。 朝からニュースはSARS一色で、外へ出れば雨が降って寒い。初日の高揚感がわかない、陰鬱な朝である。マスク着用率は、昨夜より増えて一割くらい。最初の朝はここと決めている蛋餅屋へ行くが、行列のないことがなかったこの店に、今朝は行列がない。すいている店内で蛋餅と熱豆漿を食べる(70元=251円)。運ばれてきたのは、金属のお皿をポリ袋に入れ、その上に蛋餅を置いた異様なもの[写真1]。感染防止が目的なのだろうか。出る頃には一応行列ができていた。 午前中は、『ふたつの時、ふたりの時間(你那邊幾點)』[C2001-04]と『青春神話(青少年哪吒)』[C1992-71]のロケ地を中心に、中正區を歩く予定である。まずは台北車站前に寄る[写真2]。かつてここには歩道橋があった。『ふたつの時、ふたりの時間』では、その上で小康(李康生)が時計を売っていた【映画】。かつては見慣れた風景である。駅へと続くこの歩道橋は、ここから旅がはじまる特別な場所であったように思う。地下街から行けるようになり、便利にはなったが、歩道橋のない忠孝西路はがらんとして、何か大事なものを失くしたようだ。 いったんホテルへ戻る。華華大飯店の1階には丹堤咖啡がある。前回、2001年の夏に来たとき、毎朝見かけるおじいさんがいた。7時の開店前から待っていて、窓際の隅の席が定位置で、朝食を食べて新聞を隅々まで読んで、何時間もいる。今もいるかどうかは、今回の最大の関心事である。……いた[写真3]。まるで前の旅の続きのように、2年前と少しも変わらない光景だ。 雨がかなり激しい。いつもの旅行なら、「しばらくお茶でも飲んで…」ということになるのだが、今回はそうはいかない。大雨の中を北門へ向かう。中正區、大同區、萬華區が接するところには、3つの歴史的建造物がある。唯一オリジナルの閩南風をとどめる台北府城の北門[写真4]と、1920年竣工の元・台灣鐵路管理局(旧・台湾総督府交通局鉄道部)と、1930年竣工の台北郵局(旧・台北郵便局【建築】)[写真4]だ。いずれも『青春神話』にちょいと登場している。壊されたバイクを引いて歩く阿澤(陳昭榮)を、小康(李康生)が尾けて行くところだ【映画】。 少し歩いて、並んでいる前・台灣土地銀行台北分行(旧・日本勧業銀行台北支店【建築】)と台灣土地銀行(旧・三井物産株式會社【建築】)へ。これらも『青春神話』に出てくる場所。お父さん(苗天)が小康を見つけて自分のタクシーに乗せたり【映画】、電話ボックスからお母さんに電話をかけたりする【映画】。『青春神話』は、台北の雑然とした小汚さと、蒸し暑く湿った空気と、陰鬱に降り注ぐ雨が魅力だが、さりげなく建築映画でもあるのだ。 『ふたつの時、ふたりの時間』に出てくる明星という洋菓子屋さんへ行く。以前からレトロなかわいらしさがお気に入りだったが、ピンクの偽イオニア式オーダーを発見し、狂喜乱舞する[写真5]。映画では、ケーキを買った湘琪(陳湘琪)が出てくるところで、入口がちょいと出てくるに過ぎない【映画】。そのケーキは小康の手に渡るが、食べられることなく捨てられてしまう。そのときに感じた切ないような悲しいようなもったいなさの感覚は、私の記憶に深く刻まれている。いつかストーリーをすっかり忘れてしまったら、この映画は「明星のケーキが捨てられてしまう映画」として記憶されるだろう。 再び丹堤咖啡の前を通ると、当然おじいさんはまだいた。いつものようにひとりで新聞を読んでいる…のではなく、中年のおばさんととても楽しそうに話している。はたしておじいさんに春は来るのだろうか。台北の春はまさに終わろうとしているのだが。 國家安全會議が開かれるためか、總統府の裏側はテレヴィ局の車でいっぱいだ。總統府(旧・台灣總督府【建築】)は、『超級公民(超級公民)』[C1998-10]にちょいと登場する【映画】。凱達格蘭大道のつきあたりにあるので、映画のような正面のフルショットを撮るのは難しい。信号が青になったときを狙って、横断歩道の真ん中から撮る[写真6]。前回は、木々のあいだからかろうじて見えていた台北賓館(旧・台灣總督官邸【建築】)が、やけによく見えると思ったら写真である[写真7]。台灣では、有名な建物を改修するとき、その建物の実物大の写真で覆われる。前回は龍山寺が写真になっていた。写真をバックに、「龍山寺に行ってきました」写真を撮る人もいそうである。 あいかわらず美しい公園號【建築】[写真8]で休憩。「酸梅湯には寒すぎるね」という感じだが、飲まないわけにはいかない(20元=72円/杯)。酸梅湯といえば淡水が有名だが、公園號のほうが色もけばけばしくなく、甘さも控えめでおいしい。 ふたたび進路を西にとり、西門ロータリーへ。ロータリーの中正區側には、寶來證券のビルがある[写真9]。このビルの上部にある時計は、『ふたつの時、ふたりの時間』で、小康がパリ時間に変える時計のひとつだ【映画】。時間を変えるためにわざわざ屋上へ上がり、ひとりでワインをあけて飲む。いつもながら愛すべき変人である。 中華路を下って小南門へ[写真10]。『恋愛回遊魚(起毛球了)』[C2000-33]に繰り返し出てくる場所だ【映画】。北門とは違って醜い。近くには、今話題の台北市立和平醫院がある[写真11]。なぜか何台ものパトカーが、和平醫院へ向かっている。 中正紀念堂近くの金峰という魯肉飯屋で昼食。香茹魯肉飯、魯蛋、苦瓜排骨湯、燙青菜で115元(413円)[写真12]。香茹魯肉飯は、さっぱりしていてとてもおいしかった。日本にも鬍鬚張魯肉飯【公式】ができ、以前ほどには飢えなくなったが、やはり一度は食べたい料理である。 午後は新店[xin1 dian4](台北縣新店市)へ行き、『きらめきの季節/美麗時光』[C2001-13]のロケ地を探す予定だ。マスク着用の完全防備で地下へ降りる。捷運でのマスク着用率は、さすがに高くて7〜8割。ロケ地を探すといっても、「新店で撮られた」という以外、具体的な情報は何もない。大坪林で降り、台北と新店の境界を流れる景美溪沿いを歩いてみるが、映画に出てくる川とは違うようだ。景美溪に近い住宅地を、犬につきまとわれながら歩く。不規則な細い道やどぶ川、ごちゃごちゃと並ぶ小さな家。映画に出てきた眷村がいかにもありそうで、ない。 新店市公所站で、悠遊卡を買う。捷運にもバスにも乗れるSuica系カードである。500元(1795円)で、そのうちの100元はデポジット。これまでも捷運、バスそれぞれのプリペイドカードはあったが、使用期限が短い、最低金額が大きいなど、旅行者には使いにくかった。重い小銭入れよ、さようなら。 新店での失敗のあとは台北市北部へ。捷運で中山へ移動し、台北當代藝術館へ行く(50元=180円)[写真13]。ここは1921年竣工の旧・台北市建成尋常小學校で、光復後は台北市政府となった。台北市政府が移転して半廃墟だった頃、『超級公民』が撮影されている【映画】。阿徳(蔡振南)と馬勒(張震嶽)が寝泊りしたりするところで、荒れ果てた市長室などが映っていた。美術館に改装された今、廃墟の頃の面影はほとんどない。 お茶を飲みに台北光點へ行く[写真14]。旧・美國駐台北領事館である。前回は改装中だったが、映画館、カフェ、誠品書店の入った建物としてオープンしていた。侯孝賢が関わっているらしい。映画は『過去のない男(没有過去的男人)』[C2002-20]をやっている。♪ホノルルゥ〜、午前2時〜♪ Cafe 25°でひと休みし(264元=948円)、誠品書店で映画と建築の本を買う(3冊で計960元=3446円)。この誠品書店は、狭いけれども芸術関係中心の品揃えで便利だ。 三たび捷運に乗り、大安森林公園の北側にある意翔村茶業へお茶を買いに行く。古典美人茶、凍頂烏龍茶、肉桂茶、高山茶を試飲させてもらう。ボウルに茶葉を入れてお湯を注ぎ、レンゲで茶杯に注いで飲む。同じ重さずつ入れた茶葉の、お湯を注ぐ前の見た目の量を見ても、お湯を注いだあとのきれいに開いた様子を見ても、値段の違いが明らかにわかる。高山茶が一番おいしかったが、それぞれに違う味わいがあるので、100gずつ買う。前のふたつが200元(718円)、後のふたつが400元(1436円)。 近くの台北新故郷文化食堂という台灣料理屋で夕食。一人300元(1077円)で、おまかせの料理が出るユニークな店である。レトロなインテリアで、壁には日拠時代の賞状や60年代の映画ポスターが貼られている。阿扁の筆による‘台北新故郷’の額もあるが、あまり上手ではないと思う。台灣啤酒に合う家庭料理で、大根入り卵焼き、魚の唐揚げ[写真15]、鶏肉と香菜の炒め物、レタスの炒め物、筍の湯、猪油飯と盛りだくさん。満腹になった。残念なのは、SARSの影響か、客が少なかったことだ。 バスでホテルへ帰る。今日の歩数は30577歩。一日中雨だったが、あちこち移動してけっこう歩いた。ニュースは夜もSARS一色。和平醫院の看護長が殉職し、医療関係では初めての犠牲者だというので、かなり大々的に報道されている。出歩いているときは、SARSはあまり気にならない。部屋に帰ってSARSニュース洪水を浴びたとたん、暗く不安な気持ちになる。 | |
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- [1]労働節
- 台灣では祝日ではないらしい。でも一日中祝日っぽい雰囲気だったのだが。
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