滿洲超特急
2000年8月17日(星期四)
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8月17日、木曜日。瀋陽。晴れ。 南京北街の消防署(旧・奉天消防隊舎)[写真1]を見てから、商貿飯店の中國銀行へ両替に行く。瀋陽に来てから中國銀行を何軒か覗いたが、予想どおりCirrus対応のATMはどこにもなかった。中國で両替するのは初めてだが、書類も全部書いてくれてきわめて楽だった。 列車での哈爾濱から大連への移動が絶望的になったので、中國北方航空のチケット売り場へ行く。こういう事態も予想しないわけではなかったので、飛行機の便は一応調べてきていた。申込書は座って書けるようになっており、書いていると水が出された。J氏は予期せぬサーヴィスにビビり、コップをひっくり返してしまう。 申込書は書いたものの、調べてきたのは便名だけなので、どこの航空会社かわからない。中國北方航空以外でもここで買えるのか不安だ。タスキをかけて入口に立っている案内小姐に、思い切って声をかけてみる。彼女はとても感じがよく、買えることを教えてくれたうえに、空席状況も調べてくれた。第2希望のCZ3604便[注1]に空席があったので、申込書を修正し、あとは窓口に出すだけ、というところで、案内小姐に見放される。ついでに窓口の人に渡してくれてもよさそうなものなのだが。 窓口の人は皆、下を向いて仕事をしている。こういう場合、客を待つ間別の仕事をしているのか、今やっている仕事のほうが優先なのかの判断が難しい。日本では、ここで声をかけるとたいてい、こわい声で「お待ちくださいっ」と言われる。そういう反応を予想して黙って待っていると、「声かけたもん勝ち」「急かしたもん勝ち」で、あとから来たオバさんに先を越されることもある。海外では、客がいないのに「待ち受け状態」でいることは少ないので、声をかければ応対してくれる場合が多い。しかし北京語での適切な声のかけ方がよくわからない[注2]。窓口の前を、いかにも用がありそうにウロウロしてみても、誰も顔を上げてくれない。 思案しているところに他の客が来始めたので、彼らの動きを観察する。窓口の人はやはり待ち受け状態なのだが、応対してもらうためには「窓口から申込書を差し入れて、顔の前でひらひらさせる」という動作が必要らしい。買い方がわかった途端、急に客がたくさん来て、突如として中国的カオスが出現する。たいていの切符売り場では、割り込みが多いとはいっても一応行列はできる。ところがここでは誰も並んだりしない。少しでも空いたところがあれば手を突っ込もうとするので、先を越されないよう、ひたすら申込書をひらひらさせ続ける。受け取ってもらうことに成功すると、あとはスムーズにチケットを入手できた。哈爾濱発大連行きで670元(9031.6円)。これだけでも列車より相当高いが、夜行に乗る予定だったためホテルも一泊追加しなければならない。痛すぎる出費である。 ここで、航空券の買い方をまとめておく。
実は朝からあまり体調がよくなかったのだが、窓口前の戦いですっかり元気になってしまった。案内小姐の親切さや感じのよさ、水のサーヴィスといったものと、窓口の中国的な応対や無秩序ぶりの落差はあまりにも激しい。窓口の後ろの壁には、燦然と輝く‘先進単位’のプレート。これはどういう基準で与えられているのだろうか。 中山公園へ向かう途中、屋根に荷物を山積みした長距離バス[写真2]を見かける。飛行機が取れなかったら長距離バスに乗らなければならなかったので、安心したような残念なような気持ちである。入場料1元(13.5円)を払って中山公園(旧・千代田公園)に入ったが、目当ての給水塔[写真3]は、公園の外にあった。シンプルでかっこいい給水塔だ。 さて、今日のメインは瀋陽動物園である。「パンダがいる情報」をあるサイトで得たのだが、ほかに確認情報もなく、かなり不安だ。バス停を探すうちに駅まで行ってしまい、そこから225路のバスに乗る(1元)。道路はかなり渋滞している。バスの窓からは、埃と排気ガスが蒸し暑い風に乗って入ってくる。停まってはのろのろと進み、ようやく到着。動物園へ向かう道には、金魚や植木鉢の露店が並び、パンダ模様の鉢[写真4]もある。パンダがいる証拠かもしれない。 動物園[写真5]の入場料は5元(67.4円)。パンダがいなさそうな値段である。しかし‘伍元’と印刷された入場券の裏には、‘有亞洲象、…(中略)…、豹和令人喜愛的大熊猫、…’と書いてある。パンダを示す標識[写真6]もあった。ところが、行けども行けどもパンダは現れない。ぐるぐる歩き回ったあげく、両生類展が開催されている建物がかつてのパンダ舎であることを発見した。レリーフ[写真7]は色あせてツタに覆われているが、よくよく見るとまぎれもなくパンダである。中にはもはやパンダはいない[注3]。代わりに小熊猫レッサーパンダ[写真8]を見る。レッサーのくせにたれている。排泄物に囲まれた熊[写真9]も見る。 瀋陽動物園の前身は、1906年に造られた萬泉公園である。いつ動物園になったのかはわからないが、檻などの施設もかなり古そうだ。広くて木立が多く、人影もまばらでのんびりしている。遠くには、垂直方向の装飾が美しい給水塔が見える[写真10]。パンダはいなかったが、ここはなかなか気に入った。見世物小屋が出ているのも、レトロな雰囲気にマッチしている。なんと日本の‘松下SGS’で、入場料は2元。見世物小屋には、花園神社(新宿)の酉の市で入ったことがあるが、同じ人たちなのだろうか。派手な呼び込みの声がラジカセから流れていて、意外にも、多くのカップルが吸い込まれるように入って行った。 227路のバスで城内へ向かい(1元)、昨日に続き、餓死寸前で李連貴燻肉大餅にたどり着く。注文するときにいろいろ聞かれ、わからなくて困っていたら、店のおじさんとおばさんに束になって怒られる。しかし結局目当てのもの[写真11]が出てきた。燻肉大餅2個と瀋陽[口卑]酒で8元(107.8円)。 昼食後は瀋陽故宮博物院へ行く。入場料は35元(471.8円)と高い。瀋陽故宮は後金時代の宮殿で、漢字と並んで、満洲文字も見られる[写真12]。赤とオレンジを基調にした建物が多いなかで、青と緑を基調にした建物が美しい[写真13]。漱石は1909年9月20日に訪れていて、日記[B344]には、「午後二時より宮殿拝観。宝物拝観。」とある。私たちは宝物は見なかった。 バスで駅の方へ行く(2元=26.9円)。大連から瀋陽に来て気づく変化のひとつは、ハングルが目につくということである。このことからもわかるように、瀋陽は朝鮮族の多いところだ。そこで、夕食は韓国朝鮮料理に決めた。当てはないので、通りがかりの阿里郎焼[火考]という店に入る。入口には、シースルーのチマチョゴリもどきを着た小姐が2人立っていて、ちょっとあやしい。下に制服を着ているのが味気なく、いったい何のためにスケスケなんだかわからない。メニューは中華と朝鮮料理を合わせたようなもので、ちょっとハズレだった。牛肉の焼肉や冷麺、雪花鮮[口卑]などで30元(404円)。帰り際の入口の小姐のお辞儀は、香港映画に出てくる日本人のような変てこな深いお辞儀だった。 歩いてホテルに帰る。瀋陽は、漱石も訪れた北陵や東陵、九・一八事変博物館など見どころが多いが、郊外に点在しており、今回はほとんど行けなかった。 | |
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- [1] CZ3604便
- 後日、CZは中國南方航空であることが判明。
- [2] 北京語での掛け声
- 広東語には‘唔該’という便利な言葉があるが、北京語には対応する言葉がない。‘勞駕’でいいのかもしれないが、台湾では使わない言葉のせいか、どうも使いづらい。
- [3] パンダ
- 在りし日のパンダの姿(1997年)は、平ちゃん特急 姫路発アジア直行便【別館】の
本場のパンダは
で見られる。あまり幸せな晩年ではなかったようだ。
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