ドゥ・マゴで逢いましょう 2000

2000年10月30日(月)


10月30日、月曜日。有給休暇。晴れ。

『花様年華』のサントラ(很好ですね)を聴きながら渋谷へ向かう。今日は朝から晩までオーチャードホールの予定である。

西洋鏡 ◇ 西洋鏡 ◇ Shadow Magic

今日の1本目、映画祭3本目はコンペティション部門の『西洋鏡』。コンペティションは今年から、かつてのヤングシネマとほぼ同様の内容(長編3本目以内が対象)となった。これはよいことである。東京国際映画祭は若い映画祭なのだから、名を成した監督に名声を高める場を提供するよりも、新しい監督を発見していく場を目指す方がふさわしいと思う。

胡安

■舞台挨拶

ゲストは胡安監督。ゲスト予定にあった夏雨は来なかった。

■映画について

映画が発明されて間もない頃の北京を舞台に、映画を持ってきたイギリス人と映画に取り憑かれた青年との交流や、映画が認知されていくさまを描いたもの。おそらく、実際の記録を踏まえて作ったフィクションだと思う。

題材は面白いが、時代の空気のようなものが捉えられていないし、主人公の青年(夏雨)の成長の物語として見ても深みがない。主人公の葛藤や映画と京劇の対立などいろいろ盛り込んではいるが、中途半端にまとめた娯楽映画といえる。また、合衆国との合作のせいか、清朝末期の風俗や京劇、万里の長城などがエキゾチックに描かれているのが、いかにも西洋人受けを狙った映画という感じがする。

はづかしながらいまだ未見であるリュミエール兄弟の『工場の出口』や『列車の到着』が映画中で観られたことは、思いがけない喜びであった。

■ティーチイン

質疑応答要旨

質問をせず大いに語る中国人に圧倒された。

◇◇◇

まだ次の行列もできていないようなので、昼食を食べに行く。かなり久しぶりにジュンバタン・メラへ行きメラ・ランチを食べたが、「こんなに不味かったっけ?」という感じでがっかり。

花様年華 ◇ 花樣年華 ◇ In the Mood for Love

今日の2本目、映画祭4本目は、王家衛監督期待の新作『花様年華』。特別招待作品で、香港映画祭のプログラムでもある。

会場のオーチャードホール前に戻ってみると、まだ行列はなく、どう考えてもおかしい。まわりの人々を観察すると、皆、整理券のような色つきの紙を持っている。入口の前あたりに短い行列があり、そこでチケットを見せると整理券をくれた。すでに600番台である。整理券のことなんて、いつどこで発表されたのだろう? ホームページには書いてなかったし、配布場所にも何の目印もなかった。会場前の係員も「整理券をもらって下さい」といったことはほとんど言っていなかった。こういう重要な連絡事項は、何よりもまずホームページに書くべきだと思うし、他の映画の上映時にもひとこと言ってくれて然るべきである。

整理券というのは、ふつう開場まで待たなくてもいいように配るものだと思うが、開場の1時間以上も前に来いという。しかも、その時にいなかったら最後に回されるといったことが書かれている。行列はまず100番ずつをまとめる形で作られた。係員は、「最終的には番号順に入れる」と言うだけで、番号順に並ばせようともしないし、遅れた人も行列の中に入れるし、げきいかることばかりである。せっかく100番ずつに分けたのだから、あとは客に自主的に並ばせればいいのだ。客は幼稚園児ではないのだから。

さらにげきいかり倍増なのは、まわりの人々の会話である。どうやら多くの人々は、上映前の香港映画祭公式セレモニーに参加する張國榮を観に来たらしい。私も張國榮は嫌いではないが、『花様年華』とは何の関係もなく、呆れるばかりである。さらに呆れたのは、後ろにいた二人の女である。

「男の人もけっこう来てるよね。女のゲストも来るのかなぁ?」
「男で王家衛好きな人、けっこういるんじゃない?」
「でも王家衛を見たいかなぁ?」

……ふつうの人は王家衛の映画を観に来るのである。さらには、

「ところでこの映画面白いの?」
「あんまり…。っていうか、観に行きたいっていう映画じゃないよね。」

……じゃあ来るなよ。今日はひとりなので、怒りを分かち合うことができず、余計に疲れる。

開場されると、まず10番単位くらいで入れ始めた。そんなことをするくらいなら1時間以上も並んでいる必要はないわけで、客の怒りは爆発寸前である。しかも10番ずつ入れていては間に合わないという当たり前のことに途中で気づき、結局50番くらいずつまとめて入れられた。

オーチャードホールの係員は、客を適切に誘導することを全くしていない。そのため、すでに空席のない1階や2階を探し回ったり、3階への行き方がわからずにうろうろする人が大勢いる。私もけっこううろうろした後、3階の中央近くになんとか席を見つけた。

香港映画祭やファンタスティック映画祭では、一部のプログラムで全席指定を採用している。今回も指定にすべきだったとの声があちこちで聞かれたが、全席指定のプログラムは料金が高く設定されており、私はベストの解だとは思わない。しかし、主催者側は、おそらく徹夜する人をなくしたいということしか考えておらず、またこういうところに並んだ経験がないのではないかと思わざるを得ない。少しは客の立場に立った、またアタマを使った対策をお願いしたいものである。

■香港映画祭公式セレモニー

張國榮

予定より遅れて「香港映画祭公式セレモニー」なるものが始まる。香港映画祭の香港側、日本側の関係者が、聞く価値もない挨拶をしたり、記念品を交換したりするしょうもないものである。なんのためにこんなことをするのか全くわからない。香港映画祭をマスコミにアピールするためなのかもしれないが、客がたくさん来て成功することでアピールすればいいと思う。セレモニーといった形式的なことをやりたがるのは、いい加減やめてほしいものである。

ひととおり挨拶が終わった後は、香港映画祭のために来日したゲストが登場。ゲストは、馬楚成監督、鄭伊健、舒淇、張國榮と、このあとの映画のためのゲストである、王家衛監督、梁朝偉、張曼玉。この時間のために、このくだらないセレモニーの意味があったと思う観客は大勢いるのだろうが、そのために映画目当てではない客が来ていると思うと腹立たしい。挨拶に加え、最初の4人は司会者との質疑応答があったが、あらかじめ決められた質問、回答をしているだけの形式的なものであり、全く面白くない。

■舞台挨拶

王家衛

やっと『花様年華』の時間になった。改めてゲストの王家衛監督、梁朝偉、張曼玉が登場。私は香港の監督では王家衛が、男優では梁朝偉が、女優では張曼玉が一番好きなのだが、3人とも生で見るのは今日が初めて。特に張曼玉は事前の予定になかったので、ほとんど豆粒のようではあったが、来たかいがあったと思う。

■映画について

60年代香港の時代の空気と、その中で二人の男女が惹かれ合い、すれ違っていくさまを、ただただ梁朝偉と張曼玉と映像の魅力で見せる映画。終わった途端に、たまらなくもう一度観たくなる映画である。

『欲望の翼』や『ソウル』の杜可風に魅了された者にとって、最近の王家衛作品での暴れぶりは目に余るものがあったが、今回は60年代的テンポの故か、あるいは李屏賓が加わったせいか、固定+緩やかな移動が中心でたいへんよろしい。音楽は、メインテーマが『夢二』(鈴木清順)のテーマであり、アンコールワットのシーンで流れるオリジナル曲とともに美しく、映画にも合っている。既成曲では、Nat King Coleの唄う“Quizas Quizas Quizas”と、周[王旋]の“花樣的年華”が印象的に使われている。

『ブエノスアイレス』が第二期王家衛の集大成であったとすれば、『花様年華』はこれまでの主要な作品(『欲望の翼』『楽園の瑕』『ブエノスアイレス』)を受け継ぎつつ、新たな一歩を踏み出したものであると言えよう。『欲望の翼』の続編との声が多いが、私は『楽園の瑕』に最も近いと思う。なお、シンガポールなのに“Bengawan Solo”が流れるところは『波濤を越える渡り鳥』への、炊飯器で飯を炊くところは『殺しの烙印』へのオマージュか。

ワン・モア・デイ ◇ Yek Rouz Bishtar ◇ One More Day

今日の3本目、映画祭5本目はコンペティション部門の『ワン・モア・デイ』。『花様年華』の終了が予定をオーバーしたため、閉店間際の東急本店に飛び込んでパンを買い、行列に並びながら食べて、なんとか開場までに夕食を終える。

Babak Payami

■舞台挨拶

ゲストはBabak Payami監督とキャメラマンのFarzad Jodat。

■映画について

イスラム教という宗教的な制約や、服役中の男に対する社会的な制約の中で、結ばれることのない男女の物語。バス停で会い、同じバスに乗るといった、デートとも呼べないような出来事の繰り返しだけで、ふたりの心の揺れを描いている。

固定の長回しが特徴的で、特に最初と最後のシーンが印象的である。無人のバス停に、やがて男が来て、女が来て、バスがやって来る。この最初のシーンだけで、この映画の主要な登場人物がすべて紹介される。最後は、ふたりを乗せていないバスの後ろの窓から、バスが通り過ぎた道を延々と映した長い長いショットで、切なく、いつまでも心に残るエンディングだった。

■ティーチイン

ティーチインも聞きたかったのだが、これ以上遅くなると死ぬので帰ってしまった。映画がつまらなかったわけではないので、監督にはすまないと思う。


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作成日:2000年11月25日(土)
更新日:2004年12月11日(土)