大連 (2)

大山通→上海路


大広場と日本橋を結ぶ幹線道路。大連一の繁華街である浪速町(現・天津街)と直交する繁華街。
遼東ホテル→大連飯店
大連郵便局→郵電局
遼東ホテル
[2000年8月15日]
大連郵便局
[2000年8月15日]
上海路6號(上海路-天津街)
竣工:1930年
設計:横井謙介
中山區長江路134號
竣工:1930年
設計:臼井健三(関東庁土木課)
◆遼東ホテルは日露戦争中に開業した老舗で、格式ばらない庶民のホテルである。
◆現在は二つ星の大連飯店。
◆大連郵便局は大連の中央郵便局。

露西亜町


帝政ロシアが大連湾に突き出た部分に造成した行政市街。ダーリニーで最初に建設されたところで、ダーリニー時代に完成していた唯一の市街地である。東清鉄道のドイツ人建築家が設計したため、ロシア風の建物は少ない。日露戦争後、日本人から「露西亜町」と呼ばれた。
東清鉄道汽船会社→大連軍政署→大連民政署→大連倶楽部→満鉄日本橋図書館→大連藝術展覧館
東清鉄道汽船会社(別棟)→野戦鉄道提理部→満鉄工務課→大連工事事務所→勝利酒店
東清鉄道汽船会社
[2000年8月15日]
東清鉄道汽船会社別棟
[2000年8月15日]
中山區勝利街35號
竣工:1902年
設計:東清鉄道
上海路-勝利街(勝利橋の北側)
◆ドイツ風ハーフ・ティンバー様式。
◆ダーリニー時代に建てられ、日露戦争では大連軍政署として使われた。
◆その後、欧米人中心のクラブ、大連倶楽部となる。『満韓ところどころ』で、夏目漱石が中村是公に連れられて行くところ。
◆ダーリニー時代に建てられ、日露戦争時は野戦鉄道提理部が使用。
◆満鉄本社の大連移転時、本社屋が手狭だったため、工務課などはここを利用した。
サハロフの官邸(ダーリニー市長公邸)→満鉄総裁公邸(通称・満洲館)→改築中
東清鉄道事務所→ダーリニー市役所→遼東守備軍司令部→関東都督府民政部→満鉄本社大連ヤマトホテル→大連医院→満洲資源館(満洲物資参考館/満蒙資源館)→大連自然博物館→未使用
満鉄総裁公邸
[2000年8月15日]
満洲資源館
[2000年8月15日]
中山區団結街1號
竣工:1900年頃
設計:東清鉄道
中山區烟台街3號
竣工:1900年頃
設計:東清鉄道
◆東清鉄道の技師長サハロフの官邸として建てられ、サハロフが市長を兼ねると市長公邸となった。
◆満鉄設立後は、満鉄総裁公邸となる。ヤマトホテルの新築前は賓客の接待にも使われた。『満韓ところどころ』の中村是公邸はここ。
◆北欧風ルネサンス様式。
◆1902年のダーリニー特別市制度施行により、東清鉄道事務所がそのまま市役所となる。
◆1907年、東京から移転した満鉄本社となる。
◆満鉄本社移転(1908年)後は大連ヤマトホテル(二代目)となる。『満韓ところどころ』で漱石が泊まるのはここ。
◆1926年、農作物、鉱物などの満洲の資源を見本と模型で展示する満洲物資参考館として開館。1928年に満蒙資源館、さらに1932年、満洲資源館と改称。
◆戦後は大連自然博物館としてその展示を維持、新築移転により1998年から未使用。



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作成日:2000年12月31日(日)
更新日:2002年7月9日(火)