Pinangは、古くから多くの中国系移民が来住したところであり、現在Georgetownの人口の約7割が華人である。1835年にはPinangの華人人口は2割程度だったが、19世紀後半には最大の民族集団になったということだ[ML26-1]。華人の人口構成(1970, [ML6])は、福建人54%、広東人19%、潮州人13%と福建人が最大多数を占め、福建語が多く使われているようだ。
◇観音寺◇ |
Georgetownのほとんどはチャイナタウンであり、その中心といえるのがLebuh PittとLebuh Chinaの角にある観音寺(Kuan Yim Temple)である。Pinang最古の華人の廟で、1800年に広東人と福建人が合同で設立したものだ。
直接Lebuh Pittに面していて、開放的な雰囲気だ。境内には、たくさんの鳩とホームレスのようなおじいさんたちと線香の煙。Lebuh Chinaの側にはお供えものなどを売る屋台がたくさん出ていて賑やかだが、Pinang最古というだけあって、建物の色合いや装飾は地味で、こぢんまりとしている。中国寺院にしてはめずらしい、枯れた味わいがよい。
◇広東曁汀州會館◇ |
Pinangには多くの會館や廟がある。[ML6]を参考に、 Georgetown北部の會館を見てまわる。會館自体を見るというより、會館をサカナに街を歩きまわると言った方が正しい。 Lebuh Penang、Lebuh King、Lebuh Chulia、Lorong Cinta、Lebuh Muntriなどを歩きまわり、広東曁汀州會館(広東・客家系)、嘉応會館(客家系)、香山會館(広東系)、福徳祠、寧陽會館(広東系)、潮州會館、瓊州會館(海南系)、三水會館(広東系)、順徳會館(広東系)、番禺會館(広東系)、廣州府會館(広東系)、南海同郷會(広東系)などの外観を見る。広東曁汀州會館と嘉応會館は、1801年に創立されたPinang最古の會館だということだ。
◇檳城の街並み◇ |
Pinangのチャイナタウンは、伝統的な景観がかなり残されている。會館もショップハウスも、古いままの建物が多い。ショップハウスに関しては、『ペナン 都市の歴史』[ML26-1]に次のような記述がある。長いのはたしかだが、中庭があるのかどうかよくわからない。
ジョージタウンに見られる商店建築は、道に面したファサード部分は幅が狭いけれども、二つ、あるいは三つもの中庭部分があるほど長く後ろにのびていて、生活空間と商用に使う空間との両方がうまく収まるようにできている。 (p112)
街を歩いていて気づくことは、それほど多くはないがホームレスや物乞いがいることと、犬の糞が落ちていることである。どちらも、これまでまわってきた都市では見かけなかったものだ。それから、トライショーがけっこう多いのだが、あまり声をかけてこないし、しつこくもなく、商売する気がなさそうである。ここは、ほかに比べて貧しい都市だとは思えないし、ホームレスのおじいさんもあまり不幸そうに見えない。本人は何か事情があったかもしれないし、とても不幸かもしれないけれど、なんとなく「人生の選択としてホームレスをやっています」というように見えてしまうのだ。通りで糞をしてしまう犬も含め、怠惰と呑気がこの街を支配しているようにみえる。なんとも私に似合いの街である。