西門町で逢いましょう

prologue


1995年から1996年にかけて、17日間という長い冬休みを取った。そこで「一回一箇所」という旅の掟を破り、香港と台灣へ行くことにした。香港については別のところで書くとして、台灣は12月31日から1月7日までの7泊8日である。期間が短いため、動きまわらず台北に腰を据えることにし、西門町のホテルを予約した。雑踏と喧噪の町、西門町は、様々な顔をもつ台北の中でも、私がとりわけ好きな場所である。

旅のメインテーマは、今回も映画のロケ地めぐりである。前回は田舎町を中心に、どちらかといえば「過去の台灣をめぐる」旅であった。今回は、台北を中心に、「現在進行形の変わりゆく台灣を見る」旅にしたいと思う。これは、この1年あまりの間に、“愛情萬歳[注1](愛情萬歳)”[C1994-42]、“青少年哪吒(青春神話)”[C1992-71]、“獨立時代(エドワード・ヤンの恋愛時代)”[C1994-11]、“飛侠阿達(飛侠阿達)”[C1994-15]といった、「今の台北」を舞台にした台灣映画を観てきたことによるところが大きい。これらの映画では、現代都市としての台北の姿が、まるで主役のように生き生きと映し出されていた。

とはいっても、「テーマに沿うところにだけ行く」というような余裕のある旅が私にできるはずもなく、結局はいろいろなところにちょこちょこ行く、テーマ不明確な旅になりそうだ。台北以外では、“在那河畔青草青(川の流れに草は青々)”[C1982-30]の舞台の町、内灣にはぜひ行きたい。また、前回訪れたところをできるだけ再訪して、ロケ地の変化を定点観測的に見ていきたいという思いもある。

ロケ地めぐりに関して、前回との大きな違いは、ヴィデオ・プリンタを購入したことだ。これで探したいシーンをプリントアウトして持って行くことができ、没問題である。と言いたいところだが、最近観た映画はまだほとんどLDもヴィデオも出ていない。この場を借りて、LD製作会社の方々に、台灣映画の一刻も早いLD化[注2]を心からお願いする。

もうひとつ、前回の旅行と違うのは、少しではあるが北京語ができるということだ。言葉ができない苦労と悔しさが身にしみた前回に比べ、きっと充実した旅になるに違いないという期待。そして、果たして私の北京語が通じるのかという不安。直前まで香港で広東語を喋っているはずだということが、不安な思いを増幅している。

この旅行記は、こんなふうにして始まった二度目の台灣旅行を、ロケ地めぐりを中心に日記風にまとめたものである。



[1] 文中の映画名
文中の映画名は、作者の好みにより原題(ふつうは中文)である。初出のものはかっこ内に邦題を付す。
[2] 台灣映画のLD化
LD化はもういいから、一刻も早いDVD化をお願いしたい。

↑西門町で逢いましょう→12月31日
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作成日:1997年6月17日(火)
更新日:2004年5月29日(土)