SARSの季節/口罩時光
prologue
2003年の旅の予定は、かなり前から決まっていた。台灣へ行く予定はなかった。
「台灣へ行きたい気分」が盛り上がってきたのは、2002年の東京国際映画祭あたりからである。東京国際映画祭では『藍色大門[注1](藍色大門)』[C2002-03]、『シーディンの夏(石碇的夏天)』[C2001-19]、『引き金(扣板機)』[C2002-04]の3本、TOKYO FILMeXでは『小雨の歌(小雨之歌)』[C2002-10]と、たて続けに台灣映画が上映された。年末には、2001年のNHKアジア・フィルム・フェスティバルで観た『美麗時光』が、『きらめきの季節/美麗時光』[C2001-13]としてロードショウ公開された。「台灣へ行きたい気分」は、もはや止められなくなった。
旅行予定のなかったゴールデン・ウィークに、6日間の短い旅行を決めた。航空券も取った。ホテルも予約した。早々に計画も具体化した。そんなときに、突然わき起こったのがSARS騒動である。
比較的早い段階で患者が出た台灣には、3月15日にWHOから注意勧告が出た。3月20日時点での患者数は4名。感染地域に指定されてはいたが、「直接の接触によってしか感染していない」との但し書きがついていた。その後1ヶ月あまり、患者は少しずつ増えたが、死者も出ず、感染は最低限に抑えられているように見受けられた。気にならないと言ったら嘘になるが、旅行をやめようかと考えたことは一度もなかった。
状況が変わり始めたのは、出発の1週間ほど前である。患者数の伸びが大きくなった。初めての死者と、台北市立和平醫院での院内感染が、ほぼ時を同じくして伝えられた。中止や延期を検討するには、あまりにも直前である。もしも感染したら、あこがれの台大醫院【建築】に入院できるかもしれない。それを楽しみにすることにして、出発の4月30日を迎えた。
この日記は、SARSに脅えながらも慌しく過ごした、6日間の短い旅の記録である。
- [1] “藍色大門”の邦題
- 東京国際映画祭では『藍色大門』だったが、ロードショウ公開時(2003年夏の予定)には『藍色夏恋』になるらしい。なんだか化粧品のキャッチコピーのようであるが。
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作成日:2003年5月18日(日)
更新日:2004年5月30日(日)