ドゥ・マゴで逢いましょう2003
2003年11月9日(日)
11月9日、日曜日。くもり。出かける途中で選挙に行く。
メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶 ◇ Memories of Murder |
今日の1本目、映画祭16本目は、奉俊昊の新作『メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶』。アジアの風部門だが、オーチャードホールで上映される。今回、最初で最後のオーチャードホールだ。
上映前に、奉俊昊監督、主演の宋康昊などの舞台挨拶がある。オーチャードホールは映画が観にくいのでイヤだが、司会が襟川クロなのもイヤだ。韓国語通訳はいつもの根本理恵さん。この人の通訳は安心と思っていたら、監督が「黒沢清」と言ったのを「黒澤明」にしてしまったので、すごくがっかりした。韓国映画の知識はあっても、日本映画のことは知らないのだろうか。英語も「黒澤明」のままになってしまった。監督の挨拶を聞いてろよ、と言いたい。気の毒なのは奉俊昊監督である。
映画は、連続婦女暴行殺人事件に取り組む刑事たちを描いたもの。村の警察署のたたき上げの暴力刑事と、ソウルから来た大学出の刑事。といえばもちろん、韓国版『県警対組織暴力』…ではない。
舞台は民主化前の韓国である。陰惨な事件が起き、結局解決できなかった背景には、戒厳令下の暗い夜、民主化デモの鎮圧に忙しい警察、民衆の警察への不信感などがある。のどかで美しい田園風景と雨の降る暗い夜に起こる事件、自白を強要しようとする刑事と科学的捜査を重んじる刑事などを対比しながら描かれる、ふたりの刑事の葛藤と事件を解決できない無力感。謎解きではないとわかっていても決して退屈することなく、たしかに非常によくできた映画だと思う。
しかしそれにしても、派手さもなく、このようにシリアスで良質な映画が、記録を作るほど大ヒットするというのは信じがたい。その背景にはもちろん、韓国人が共有している民主化前の記憶があると思うが、もはやそこに逆戻りすることはないという確信もまたあるのだと思う。日本で最後に良質の日本映画が大ヒットしたのは、いったいいつのことだっただろうか。このことは、ほとんどの人が歴史と向き合おうとしない一方で、戦前に逆戻りする恐怖が日々強まっている今の日本社会と、無関係ではないのかもしれない。
刑事をやめて幸せそうに暮らしているのは、梅宮ではなく村の刑事のほうだった。
犯人と村の刑事は、最後に思いがけず殺人の追憶を共有するわけだが、ソウルの刑事はその後どうなったのかが気になる。
◇◇◇
昼食は昨夜に引き続いて夢飯へ行き、今度はカレー&ロティを食べる。シンガポールやマレイシアで食べるロティとはちょっと違うが、日本で食べられるんだからよしとしよう。
今日の2本目、映画祭最後の映画は、やはりアジアの風部門のシンガポール映画『ホームラン』。梁智強の新作である。
上映の前にアジア映画賞授賞式がある。改善されて短くなっていることを期待したが、あいかわらずどうでもいい挨拶が通訳つきで続き、休憩なしで上映に移るには辛い長さだった。受賞したのは『メモリー・オブ・マーダー/殺人の追憶』。それなりに妥当だとは思うが、私はもちろん『さらば、龍門客棧』のほうがいい。審査員のひとりにミルクマン斉藤氏。中平康レトロスペクティブのチラシに、どれもが観ないと死ねない大傑作であるかのような紹介文を書いていた人である。おかげで随分いろいろと観る羽目になった(観ないと死ねないような大傑作はなかったが、観たことは後悔していない)。紹介文はびっくりマーク満載だったが、本人はショッキング・ピンクのド派手な服を着ていた。
『ホームラン』は、『運動靴と赤い金魚』のリメイクである。『運動靴と赤い金魚』には特に思い入れはないが、これを現在の豊かなシンガポールにどう置き換えるのかに興味があった。ところが舞台は1965年のシンガポール。それはないだろうと思うが、気をとりなおして観る。もうひとつ気になるのは、言語が北京語だったことだ。誰も彼もが北京語を話しているというのは、現在のシンガポールでも十分変だが、1965年のシンガポールではさらにあり得ないだろう。前作『僕、バカじゃない』には、シンガポールの言語的多様性が表現されていただけに、非常に残念である。
最後に示される泥だらけの道は、これから先の未来へも続いているわけだが、シンガポールがこれまでの40年間にすでに歩いてきた道でもある。そういう意味でこの映画は、これまでの苦難の道のりを、あらためて振り返って確認しようという国民統合のための映画である。一方で対外的には、シンガポールのこれまでの歩みを示す、ある種の宣伝映画であると思う。
シンガポールのような小国で、資金が回収できる映画を作るのは容易ではない。なんとか国内でも観られる映画を作ろうとしている梁智強には、敬服もするしがんばってほしいと思う。しかし、多くの人に観てもらうためにどうしても子供向けにならざるを得ないせいか、どうも「みんな仲良くしよう」みたいなありきたりのメッセージになってしまっているのが気にかかる。
上映後にティーチ・インがある。ゲストの梁智強監督は、前作に出ていたのと比べて随分老けていた。
ティーチ・イン要旨
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最後の夕食は鬚鬍張魯肉飯でしめる。
コンペティションの結果は、家に帰ってからネットで見た。今年は1本も観なかったので、何が獲っても何のコメントもできないが、ちょいと観たいなと思っていた『暖〜ヌアン』と『スーツ』がグランプリと審査員特別賞を受賞していた。
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