第16回東京国際映画祭

不見 ティーチ・イン

開催日 2003年11月1日(土)
場所 シアターコクーン
ゲスト 李康生(監督)
蔡明亮(製作)
梁宏志(製作)
司会 伊藤さとり
北京語-日本語通訳 樋口裕子
日本語-英語通訳 松下由美


司会(日本語):さっそくご挨拶をいただきたいと思いますが、まずは李康生監督、よろしくお願いします。
李康生(北京語):これは僕の初監督作品です。これまで僕は12年間ぐらい、ずっと俳優として演じてきたわけですが、今回自分で監督をしてみて、監督と演じる立場とは非常に違うものだということを実感しました。これから監督として、一生懸命がんばらなければいけないなと感じました。俳優のときは、待つ立場、指示を受ける立場でよかったわけですが、監督となると、ものすごく積極的に動くという立場に置かれます。自分のことにも撮影の進行にも、非常に頭を使います。
◆これは僕の初監督ということもあり、自分のよく知っている、身近なことを撮りたいと思い、自分の家に関することを撮りました。作品については、あとで観客の皆さんからいろいろご質問していただければと思います。ありがとうございます。

司会:引き続きまして梁宏志プロデューサー、よろしくお願いします。
梁宏志(北京語):この『不見』という作品は、私たちの会社の第3作目に当たります。これまで私と李康生さんとはプロデューサーと俳優という関係でしたが、今回はプロデューサーと監督という関係になりました。非常にすばらしい作品になっていると思いますので、これまでと同様、ぜひとも応援してください。よろしくお願いします。

司会:今度は蔡明亮プロデューサー、よろしくお願いします。
蔡明亮(北京語):東京の観客の皆さん、小康シャオカンが撮りました最初の作品、いかがですか。ご満足いただけましたか。実は、すんでのところで皆さんはこの映画を観られないはずだったんです。小康はこの作品を東京国際映画祭のコンペティションに出品したいと強く願っていたんですが、かないませんでした。映画祭に拒絶されたということを皆さんは信じるかどうかわかりませんが、本当の話です。今日は東京国際映画祭の初日なんですけれども、私がここでこのようなことを言って映画祭を批判するような感じになり、失礼かと思いますがどうぞお許しください。
◆私と小康は東京国際映画祭と非常に縁があって、私の最初の作品、小康が主演した作品で、東京国際映画祭で賞をもらったこともあります。私たちのような映画を撮る者は非常に厳しいわけです。しかし東京国際映画祭はずっと私たちを支援してくれて、私は心から嬉しく思っていたわけですが、今回はやや失望しました。特に小康は、12年という俳優生活の中で一生懸命がんばって、やっとこの第一作を撮れたわけです。私はこの映画祭の劇場という空間を借りて、この空間がいろんな人に反省をもたらす機会に変わってほしいと思っています。コマーシャリズムに流されるのではなく、東京国際映画祭の最初の方針に立ち戻って、このことを我々みんなが考えていく空間にしたいと思います。
◆コンペでは果たせなかったんですが、今回、「アジアの風」部門のディレクターの暉峻創三さんが、私たちのこの『不見』をアジアの風に招いてくださって、東京で皆さんとお目にかかれるようになりました。

観客1(日本語):皆さんに質問したいと思います。普段の生活の中の、やるせないときとかそういうときはどのように過ごしているか聞かせていただきたいと思います。
李康生:それは映画とどういう関係がありますか?
観客1:今まで蔡明亮監督の映画を全部観てきて、今回初めて李康生さんの映画も観て、通ずるところは何かなと自分で考えているんですが、映画を観ているときではなくて、普段の生活の中でいろいろ思い出したりすることもあるので、ちょっと気になったのでお聞きしたいと思いました。
李康生:蔡明亮監督の映画で演じてきて、蔡監督は僕にとって先生でもあるわけですから、非常に多くの影響を受けました。普段の生活の中で、いろいろとやるせない場面に出会うことは多々あると思いますが、そういうことは必然的なものだと思います。また、そういう蔡監督の影響というのも必然的なものであると思います。雰囲気がよく似ているとおっしゃいましたが、そうなったのはそういう影響からだと思いますが、この作品は、自分の実体験に照らした真実を映画にしたものです。
蔡明亮:この『不見』のロケ地について、ちょっとご紹介しておきたいと思います。小康の家のすぐ近くの公園で撮影されましたので、家を出るとすぐ撮影現場というようになっていました。また、映画の中で、主役の女性が泣いているお寺のようなところがありました。あれは遺骨を安置する場所で、小康のお父さんの遺骨もここに葬られています。
◆私は小康の意見に非常に同意します。自分の身近な生活や人生をじっと観察してそれを作品として組むということ、これは私にも小康にも通じるところです。
梁宏志:映画の中で醸し出されているやるせなさ、このやるせなさは社会的なことに通じると思うんですね。社会的なことが原因になって、やるせなく感じるような雰囲気が出てくると思います。私がそういう状況になった場合は、ゲームをするか寝るかどちらかだと思いますが、この作品の中でも言われているように、そういう状態に陥ったときは、もっとポジティヴに、未来に向かって人生を考えていくべきではないかと思います。

観客2(日本語):どなたでもお答えいただければいいと思うんですが、私はここにおられるような蔡監督のファンでもなんでもなくて、ただここへ迷い込んできた一人の中高年なんです。それで今日の2本の映画を観させてもらって感じたことを申し上げます。まず、1本目はよくわかりませんでした。最後になって、昔の古き良き時代の映画を懐かしんだ映画だなということがわかりました。それから2本目、『不見』ですか。これは最初から子供がいなくなって、意味はわかりました。両方の映画を通して言えることは、その時代をよく切り取っていると思います。切り取ってはいるんですけれども、じゃあこれからどうやっていくべきか、それからもうひとつは娯楽性が乏しいと思うんです。もちろん娯楽はテレビにまかせるというのならあれですけれども、私みたいな中高年でたまたま迷い込んできたら、やっぱり面白くないとつまらない。私はファンではありませんので。特に1本目は、長々とわからないシーンが続きましたけれど、これは本当に最初はとまどいました。ですから、これからもっとどうあるべきか、前向きに示してほしいと思います。
蔡明亮:何度も繰り返して観ていただければおわかりいただけると思います。この世の中には、本当に多くの娯楽性をたくさん持った作品があります。私の作品も小康の作品も、おそらく観客の皆さんにどういうふうに生きるべきかを提示することはできないと思います。そしてまた、人生のいかなる答えも、皆さんに出すことはできないと思います。私たちは、私たちが見たもの、捉えたものをどのように誠実に描写して作品にするか、そういうことしかできません。私個人にしてみても、映画が何らかの答えを私にくれるとは思っていません。何らかの答えを与えることは非常に簡単なことだと思いますが、そのもらった答えを信じることができますか?
李康生:ハリウッド映画と違うところは、すべてがまるく収まるすばらしい結末にもっていくことはできないということです。そういうものは虚偽であると僕は思います。ハリウッド映画は、成功することが唯一の出口であり、解決の糸口であると語っていると思いますが、僕はそうは思いません。それはいったいなんなのかと考えると、大金を手に入れることなのか、非常に円満な愛を勝ち取ることなのか、 僕にはよくわかりません。僕たちの映画が語ることができるのは、リアルな、誠実に写し取った日常の風景だけだと思います。そこから観客が何かを感じとってくれるはずだと思います。僕たちのこういう映画を何度もたくさんご覧になると、頭がよくなるかもしれません。僕たちのこういう映画は考えないとわからないわけですから、いつも考えることを要求されます。ハリウッド映画のように、すべてがよく見えて、観終わったらすぐに忘れてしまうような映画ではないので。

司会:せっかくですから李康生監督から、この映画を皆さんに観てもらって今のお気持ちだけでも聞かせていただけますか。
李康生:僕はやっぱり、東京の観客の皆さんが一番好きだと思いますね。もちろん韓国の釜山の観客もだんだんと好きになりつつありますが。

映画人は語る2003年11月1日ドゥ・マゴで逢いましょう2003
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作成日:2003年11月18日(火)
更新日:2004年11月29日(月)