ドゥ・マゴで逢いましょう2002

藍色大門 ティーチ・イン

ゲスト 易智言(監督)
陳柏霖(出演者)
桂綸鎂(出演者)
司会・日本語-英語通訳 山根ミッシェル
北京語-日本語通訳 錢行


■司会(日本語):ティーチ・インが始まる前に、監督さんとお二方からご挨拶をということです。
◆易智言(北京語):このたびは観に来てくださってありがとうございました。台湾からもお客さんがみえているようですので、拍手でお迎えをしていただけますでしょうか(客席の徐若瑄、立って会釈)。この映画は実は台湾でも公開されたばっかりなので、皆さんもリアルタイムで今回ご覧いただけたかと思います。
◆陳柏霖(北京語):私は陳柏霖です。このようにたくさんの方々が来てくださったことは非常に嬉しく思います。ぜひこの映画を皆さんのご友人の方々にもお勧めしてください。
◆桂綸鎂(北京語):こんばんは。はじめまして(ここまで日本語)。皆さんにお会いできてとても嬉しく思います。皆さん、どういうふうにご覧になったでしょうか。もしよろしければぜひお友だちにも勧めていただくようよろしくお願いします。

■観客1(日本語)[→陳柏霖、桂綸鎂、易智言]:演技がとても自然だったと思うんですが、演技の点で苦労した点があったかということと、演技の指導という点とそれからたぶん短い日数で撮影されていると思うんですが、そのあたりのことを監督にお伺いしたいと思います。
◆陳柏霖:実はロケに入る前に、監督のほうから1ヶ月ほどレッスンを受けていました。特訓を受けたということです。そういうことで本番に入ってからスムーズに役作りもできるし、自然な演技もできたのではないかと思います。これはすべて監督さんのおかげだと思います。
◆桂綸鎂:苦労したことの中で一番印象に残っているのは、私たち二人の喧嘩の場面です、体育館の中での。何回もテイクをして、本気で手を出して二人とも力が入っていたんですが、シーンが終わったところで私の足をよく見るとけっこう傷も残っていて、そういうところがかなり苦労したと思いました。また他にも、自転車に乗っているシーンがありましたが、私は転んでしまって、手術も受けました。それから台風が来たりとかいろんなエピソードがありましたが、終わってみれば非常に楽しかったと思います。
◆易智言:今回は二人とも映画出演が初めてということで、先ほどもお話ししていましたが、ロケの前にまず1ヶ月ほどレッスンを行いました。それからロケが始まっても、2週間ほどリハーサルをしました。私自身もしょっちゅう映画を撮っているわけではないので、練習しないといけないので。
◆このレッスンやリハーサルはたいへん重要なプロセスだったと今は思っています。というのは、準備を十分しておかないとロケに入ってもなかなかうまくいかないんじゃないかと思います。二人の演技を見ていただければわかると思うんですが、二つの側面があると思います。ひとつはロケに入る前の厳しい指導、厳しいレッスンを受けていたという面影が残っているかと思います。同時に、ロケ現場に行ってかなりリラックスした雰囲気の中で、なるべく自然な演技、自然な表現方法を引き出そうと思いました。この二つの面影が残っているんじゃないかなと思います。
◆そうは言っても幾つかのシーンはリハーサル抜きで撮りました。ひとつはキスシーンですね。キスシーンを何回もリハーサルすると、本番の時に新鮮感がなくなるのではないかというのが私の考えです。もうひとつは喧嘩するシーンです。喧嘩するシーンをある程度用意しておくと、本番では本気の喧嘩ではなくなって、むしろ一種のダンスのようになってしまうのではないかなと。お互いに相手に対して本気で殴ったりできないから、相手を守りながらしかも殴りかかるというようなスタイルになってしまい、それはやはりダンスだろうと。そういう意味で喧嘩のシーンもリハーサル抜きでやりました。
◆ロケ期間は35日だったんですが、話に出たように台風に遭ったり、桂綸鎂が足の怪我をしたり、そういうことがあって、全部で2ヶ月半くらい、75日間ですね。

■観客2(日本語)[→易智言]:パンフレットに、桂さんは監督が街の中で見つけられたということが書いてあったんですが、ということは今回が全く初めての演技ということになるのでしょうか。こういうフレーズってよく聞いたりするんですけれども、そういうことが本当にあるのかと。
◆易智言:確かに二人とも街で見つかったんですが、今回役者選びにはかなりの時間がかかってしまいました。1年がかりでいろんなオーディションをやりましたが、私もどれだけの人に会ったか自分でも憶えてないほどたくさんの人を集めました。もちろん中にはプロダクションからの紹介もあったり、雑誌で読んでその人に来てもらったり、あるいはすでにデビューした役者の中から何人か選んで面接したり、いろんなことをやりましたが、なかなか満足のいく人が見つからなかったんですね。そこで私も含めてスタッフの皆さんが、今回は一番素朴なやり方で、今になって考えてみれば一番収穫のあるやり方かもしれないんですが、全員街に出て本物の高校生に会ってみようと。行った場所は台北の渋谷と言われている、若者がたくさん集まる西門町というところです。本当の高校生と出会って、本当に彼らが今どういうことを考えていてどういうことが起こっているのか、そういう実感を感じてから人を選んだわけです。この二人とも今回そういうやり方で抜擢したんです。
◆街に出て何人かの候補になり得る人、つまりもしかしてできるんじゃないかなと思った人を連れて帰りました。それから1ヶ月の間、その中で誰が最終的にこの役を勝ち取るのか、一切言わなかったんですね。一緒にレッスン受けてもらって、最後の日になって初めて、私の口から「おめでとうございます、あなたが選ばれたんだよ」という結果発表をしたわけです。レッスンを受けている間、いったい自分が役を演じることができるかどうか全く知らない状態でレッスンを受けてもらいました。

■観客3(日本語)[→桂綸鎂]:主演の桂さんは実は女の子なのに女の子が好きっていう難しい役なんですけど、どのように役作りをなさったんでしょうか。
◆桂綸鎂:脚本を受けた段階で、この役がいわゆる同性愛者だという決めつけは一切していません。つまりこの役が同性愛者の役だとは思っていませんでした。自分も高校生だったわけですが、高校生、特に女子高生の間で、とっても仲のいい友だちと一緒に手をつないでトイレに行ったり、あるいは夜出かけるときに外で待ってもらったりすることはごく普通のことですし、同性というか女の子同士の間で仲良くしたりというのは、おそらく今の若者の間ではありがちな気持ちだと思うんですよね。そういった気持ちをいかにありのままに表現すればいいのか、それだけが私の課題でした。17歳というのは大人の世界の入り口に立っている年代ですから、男性の方に気持ちが行くのか、それとも女の子の方に気持ちが行くのか、かなり迷ったりすることも今よくあることだと思います。それも現実なので、それをありのままに表現できればいいと思っていました。

■観客4(日本語)[→易智言、陳柏霖]:とても内面的な難しい問題を、学生時代というか、爽やかな青春物の姿を借りて作った内容だと思ったんですけども、この映画のストーリーには原作はあるんでしょうか。それから劇中何度も男優さんが泳ぐシーンが出てきて、それが青春時代をさまよっているような、迷いつつも前進しようとしている前向きな感じに感じられたんですけれども、そのへんのことを教えてください。
◆陳柏霖:水泳のシーンは、今おっしゃったような自分が成長していく、前向きに伸びていくというそういう気持ちは、ロケの時にはなかったんです。というのはこの日はかなり時間がかかって、昼間から夜までかかったし、昼間は暑くて夜は寒いわけですから、早く終わらないかな終わらないかなと思っていたので。ただ終わってみると、映画づくりは非常に楽しくて面白かったと思います。
◆易智言:これには原作はありません。つまり脚本がオリジナルなものです。なぜ高校生にこれだけ関心を寄せているかということなんですが、実は私はこの10年間台湾でいろんな仕事をしておりました。テレビの世界で高校生の生活を描いたり、コマーシャルを撮っていたときもあり、高校生向けの商品のコマーシャルを担当していました。いろんな高校生と出会って、いろんな話を聞いたわけです。私自身が感じたところもたくさんあり、この何年間はリサーチ期間だと思っています。このリサーチした素材を今回初めてまとめて、ひとつのシナリオとして仕上げたわけですね。もちろんこれはフィクションなんですが、おそらく観てくださった人たちも、自分が18歳の当時の面影を感じ取れるんじゃないかと思います。
◆高校生をテーマにした私の作品ですが、先ほど申し上げたように、ほとんどの素材は高校生の生活から直接集めたものです。ですから今回、なるべくストーリーなどもストレートに表現しようと思いました。つまりなるべくシンプルにしかもストレートに、今本当の高校生の中でどういうことが起きているのかを、そのまま表現できたらいいと思いました。言い方を変えて言えば、それぞれのシーンに何か別のことを意味づけようとかそういうことは一切考えていなかったわけです。そういうことをもししていれば、ほとんどの高校生、つまりこの映画の一番直接の観客の皆さんがかえって迷ってしまうんではないかというのが私の考えです。

■観客5(日本語)[→陳柏霖、桂綸鎂、易智言]:観ていてすごく楽しい映画だったので、撮影も楽しい雰囲気の中で行われたのかなと思ったんですけれども、主演のお二人に、撮影中の楽しかった、印象に残っているエピソードがあれば教えていただきたいです。あと師大附中っていう実在の学校が舞台になっているんですけれども、あの学校を選ばれたのはどうしてなのか監督にお聞きしたいと思います。
◆陳柏霖:映画に出るのが初めてだったので、レッスンを受けていても、現場ではどういう雰囲気なのかなと楽しみにしていました。実際現場に行ってみると、カメラワークひとつにしても、ライトの当て方ひとつにしても、あるいは監督が実際に演技の指導をしているところも非常に面白くて、特に、我々役者が与えられた役をいかに楽しんで演じるのかということをたくさん教わったような気がします。今回の作品は、私の今までの人生の中で最も素晴らしい、最も楽しい時期となりました。
◆桂綸鎂:映画出演の話がきたのは私が高校2年生の時でした。日本でもそうですけれども、高校2年生というのは大学受験を控えていてたいへん忙しい時期で、私も家族に反対されました。ところが、何回か監督と会っていろんな話をしているうちに、私自身やはりどうしてもこの映画に出演して、自分なりに表現してみたいと思うようになり、私が直接両親に交渉しに行ったわけですね。是非これをやらしてくださいと。そのときに父親の口から一言ありました。もしこの映画の仕事というのが、悔いの残らない仕事だったらやってもいいよと。今振り返ってみてもたいへん素晴らしい仕事で、もちろん悔いは残っていません。むしろ私の18年間の人生の中でも、最も素晴らしい体験になっています。それからこの素晴らしい体験というのはもうひとつの意味があるんですが、この映画の出演を通して特に監督からいろいろなことを教えられました。例えば演技だけではなく、実際の生活の中でも誠実感、まごころをもって臨むこと、これが常にロケの中で監督から教えられたことなんですね。これが私の大きな収穫となっています。おそらく今回の作品に限らず、未来に向けて私の人生観、ライフスタイルに対しても、このまごころ、誠実感というものがかなりの影響を与えるのではないかと思います。
◆易智言:二人の話を聞いていると、私がまるで二人の父親のように聞こえるんですけれども、そんなに年取ってないです。
◆師大附中は実在する学校なんですね。なぜこの学校を選んだかというと、私がシナリオを考えたときに、観客、特に台北に住んでいる方々に対して、一種の責任感みたいなものがあったんです。つまり映画のストーリー自体はフィクションなんですが、やはり舞台となるところは実際にないと、観てくださる方もこれが本当か嘘かの区別がつかなくなるんじゃないかと思いました。ですので、実際観に来てくださる方に一種の真実感というか本当に起きていることという思い入れをしていただくための選択だと思います。

映画人は語る2002年10月27日ドゥ・マゴで逢いましょう2002
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作成日:2002年11月2日(土)
更新日:2004年11月29日(月)