TOKYO FILMeX 2006
■■■『黒眼圏(黒い眼のオペラ)』Q&A
開催日 ● 2006年11月26日(日) 会場 ● 有楽町朝日ホール ゲスト ● 陳湘琪チェン・シャンチー(出演者) 司会 ● 市山尚三 北京語-日本語通訳 ● 渋谷裕子
- ■司会(日本語):陳湘琪さんはたいへん忙しいスケジュールをぬって、今日来日されたばかりです。本当に来ていただいてありがとうございました。
- ◆陳湘琪(北京語):みなさん、こんにちは。私は今回初めて東京フィルメックスに参加させていただきます。ここに来られて、この大きな会場でこんなに多くの観客のみなさんに蔡明亮監督の新作を観ていただいたことを本当に嬉しく思います。ありがとうございました。みなさんが熱心に観てくださるのを見て、心から感動しています。蔡明亮監督は現在ヨーロッパに滞在中で、今回は来ることができませんでしたが、監督に代わって観客のみなさんに心から感謝を申し上げます。
- ■観客1(日本語):素朴な疑問なんですけれども、蔡明亮監督の映画はいつも台詞もほとんどないし、映画館の話(註:『楽日』)なんか陳湘琪さんも小康も全然台詞がなかったと思うんですが、台本はどう書いてあって、監督はどういう指示をなさるんでしょうか。もうひとつ、陳湘琪さんが最初『河』に出てきたときは曖昧だったような気がするんですが、小康が設定は違っても同じ人のような気がするのと同じように、だんだん陳湘琪さんの役も同じ人のように思えてきたんですけれども、そのへんはどのように感じておられるのでしょうか。
- ◆陳湘琪:まずひとつめのご質問ですが、多くの人が蔡明亮監督の脚本はいったいどうふうになっているのか不思議に思っているようですね。蔡明亮監督の現場では、詳しい台詞が書かれた台本は存在しません。だいたいの話の筋が書いてあるものを渡されるだけです。そこには簡単な状況が書かれているだけです。蔡明亮は作家主義の監督で、独特なスタイルをもっています。監督は自分の独特なスタイルを堅持して発展させていこうと考えているのだと思います。また、蔡監督は、言葉というものはむしろコミュニケーションを阻害するものであると考えているはずです。言葉がないほうが人と人とのコミュニケーションがうまくいくと考えているのではないでしょうか。今後の蔡監督の作品に台詞がたくさんあるのか、それともこれまでと同じようにあまりないのかということは、今のところ私にはわかりませんけれども。
- ◆『河』と比べると、今回の『黒眼圏』で私が演じた女性はかなり違うと思います。蔡監督の作品のなかで私が演じた役は、同じように見えるかもしれませんが、どの作品でももちろん少しずつ違います。今回の『黒眼圏』での役は、まるで鼠のような感じです。穴の中に閉じ込められていて、李康生が演じる小康への愛に飢えて、ひたすら小康を求めているというような。そんな鼠のような感じでこの役を演じました。どの作品も、私が演じる役はほとんど台詞がないので同じように見えるのかもしれません。台詞がたくさんあれば人物の違いがはっきりするかもしれませんが、このように台詞が少なくても、それぞれの作品で演じた役柄はやはりみな違うものです。『西瓜』で演じた役柄もまた独特なものでした。
- ■観客2(日本語):ものすごく素朴な疑問なんですけれども、作品のタイトルが『黒眼圏』となっていますが、ちょっと意味がよくわからないのでご説明いただきたいです。それからもうひとつ質問があって、とても印象的な、大きな蛾が出てくるシーンがあるんですけれども、あのシーンはどうやって撮影されているのか、実写なのかというのをお聞きしたいです。
- ◆陳湘琪:“黒眼圏”という中国語のタイトルがわかりにくいということでしたら、英語のタイトル“I Don't Want to Sleep Alone”でご理解いただいたほうがいいと思います。目の部分をノックアウトされたときに、黒い隈みたいなのができますね(通訳註:それ青タンとか言いますよね)。この隈のことを中国語では黒眼圏と言います。
- ◆蛾についてなんですけれども、この大きな蛾にはぜひ最優秀動物演技賞をあげたいです。この蛾のシーンはワンテイクでOKになりました。キャメラがスタートすると同時に自然にあそこに止まってくれて、驚くべきすばらしい演技をしてくれました。
- ■観客3(日本語):たいへん楽しい映画をありがとうございました。今回の映画はマレーシアで撮られていると思うんですが、いつもの台湾で撮られている映画と何か違った点や難しかった点があったら教えてください。
- ◆陳湘琪:今回のマレーシアのロケは本当に辛かったです。マレーシアは年中真夏の国ですから、とても暑かったのが辛かったですね。また、私は屋根裏に住んでいる役なので、とても狭い空間で演技をしなければなりません。ほとんど非人間的な空間で、辛い演技を強いられました。さらに、レストランで麻雀をしている人たちにサービスをする場面がありますが、あのレストランは鼠がたくさんいるんです。その鼠はすごく大きくてウサギぐらいあって、とても恐ろしい環境でした。とにかく暑くて、辛くて、ほとんど呼吸ができないぐらい辛い環境だったんです。でもそういった辛い環境に置かれたことは、そのような辛い環境に置かれている役を演じるうえで、私と李康生の役作りにとても役立ちました。
- ■司会:あの廃墟みたいなところのロケーションは本当にすごいと思うんですけれども、もとからああいう建物があったんでしょうか。それとも映画用に作ったものなんでしょうか。
- ◆陳湘琪:あれは実際のビルが廃墟になったものです。マレーシアでは1990年代に建設ラッシュが起こり、ビルがたくさん建設されていました。しかしアジア経済の破綻が起きてビル建設が途中で放棄されてしまい、完成されないまま廃墟になってしまったビルのひとつが今度のロケーションです。長年誰もそこに足を踏み入れたことがなく、私たちは入って本当にびっくりしました。中にあったあの黒々とした水は、雨水が溜まってできたようです。入った瞬間に、このロケーションはまるでモダニズムのオペラハウスのようだと感じました。あの黒々とした水には、とてもおもしろい感じを受けました。上まで上って行って水を見下ろしたとき、人間の黒々とした瞳のように見え、水が魂をもっているように感じました。
- ■観客4(日本語):今日はありがとうございました。李康生さんが来たときにはちょっと聞けないことをひとつお聞きしたいと思います。来日したとき、監督のそばではにかんでうつむいているのがよく見受けられるんですけれども、それがイコール小康のイメージになっているんですが、ほかの監督の映画ではまた違った印象を見せています。実際の李康生さんはどんな方なんでしょうか。
- ◆陳湘琪:李康生は口下手であまり話しません。ですから彼と一緒にいるときは、ずっと私たちのほうが話し続けます。そうじゃないと沈黙が…。でも李康生は、蔡明亮監督の映画のミューズであるといえると思います。蔡明亮監督の映画のなかの人物の多くは、李康生そのものから来ていると思います。李康生がもっている独特な性格、孤独な雰囲気が蔡明亮監督にインスピレーションを与え続けているのだと思います。また、李康生はあまり細かいことを気にしない人で、とてもリラックスした、気楽な性格です。だから蔡明亮監督は、李康生がいつもそばにいることを好むんですね。たぶん李康生がそばにいることで、なんとなく安心感があり、落ち着けるのだと思います。これは私が知っている李康生です。
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