TOKYO FILMeX 2003

『春夏秋冬…そして春』Q&A

開催日 2003年11月22日(土)
場所 有楽町朝日ホール
ゲスト 金基徳(監督)
司会 林加奈子
韓国語-日本語通訳 根本理恵


司会(日本語):第4回TOKYO FILMeXのオープニングの作品に、この『春夏秋冬…そして春』、これはまだ仮のタイトルではあるんですけれども、この作品を上映させていただきましたことを本当に光栄に思っています。ありがとうございます。今到着されたばかりなんですけれども、まず皆様にひと言いただけますでしょうか。
金基徳(韓国語):『春夏秋冬…そして春』、この作品をオープニング作品として選んでいただきまして、本当にありがとうございます。

司会:まず、私からひとつお伺いしたいと思います。湖の水の上に浮かぶお寺という、どこかに固定してあるのではなく動くお寺という発想は、もともとどういうところから来たのでしょうか。
金基徳:たしかにあのお寺は水の上に浮かんでいて、動くことが可能です。私が普段は韓国におり、今回日本へ来たように、そしてまたどこか別の場所へ行くように、そのように私自身あちこち動いているわけです。それと同じように、お寺もひとつのところに留まるのではなく、あちこちさまようというイメージで、水の上に浮かんでいる寺を設定しました。
◆この映画に出てくるような、お寺の中の庵と呼ばれている古びた建物は、韓国にはかつて非常に多かったんですが、映画の撮影のために山の中をハンティングしてそういうところがないかと探していたところ、昔はあったんですが、今は大分減ってしまっていました。そのときにちょうど池を見つけて、似た建物がなければ、こういう水の上にお寺を作ってみるのはどうかと思いつきました。

司会:今年の8月に、スイスのロカルノ国際映画祭でワールド・プレミアが行われまして、私はそこで拝見してもうびっくりたまげたわけなんですけれども、皆さんもご覧になってお気づきだと思いますが、監督の金基徳ご自身が映画にご出演なさっていらっしゃいます。最初からそのおつもりでいらっしゃったのか、経緯を教えていただけますでしょうか。本当にすばらしい肉体美を見させていただきました。
金基徳:実は、当初私が出演する予定はなく、あのシーンに出演する韓国の俳優さんも決まっていました。ところが、全体としては20シーンくらいの出演になるわけで、そのためだけに髪の毛を剃って坊主にするのは、ちょっと難しい状況でした。それからあのシーンは氷と雪が出てきて、俳優さんの比重も大事なんですけれども、どちらかと言うとそれ以上に氷と雪の風景に重きを置かれるので、「それだったら私が出演しましょうか」ということで、スタッフの許しを得て出演することになりました。
司会:特に何かエクササイズとか、このための準備などはあったのでしょうか。
金基徳:はい。とにかく一生懸命がんばりました。

観客1(韓国語):映画ありがとうございました。ちょっと質問なんですけれども、この映画を作ろうと思われた動機は何だったのでしょうか。
金基徳:私たちの人生とは何か、そして生きるとは何かという問いかけが、急に私の中に生まれ、それを四季にたとえました。春夏秋冬そして春という季節の巡り変わりが、私たちが生まれてから死ぬまでの人生の姿を描いているのではないかと思い、四季にたとえてこの映画を作ろうと思いました。

観客2(日本語):お弟子さんがお寺を逃げ出したときに、本尊を持って出かけたんですけれども、それはなぜだったのでしょうか。それから鶏も。
金基徳:まず仏像のほうは、変化しない心を表しています。どんなに人生が辛くて大変でも、変わっていけないものがあるという、そういう人のひとつの姿を象徴しているものでした。
◆鶏はそれとは対照的に、実は鶏もお寺の中に閉じ込められていたひとつの命であり、それをお寺の外に出してあげる、つまり自然に帰してあげるという意味がありました。

観客3(日本語):実は監督さんのプロフィールを読むまで、てっきり『南と北』とか『裸足の青春』を監督された金基悳氏だとばっかり思っていたんですね。『魚と寝る女』と書いてあったので、これは別人だなと思ったわけなんですが、実は『魚と寝る女』も観たんですが、一方では人間が縛られ、こっちでは魚とか蛇とか蛙とかを縛る、縛るのが好きらしい監督さんという、これは冗談ですけれど、作風は全然違うんですよね、『魚と寝る女』と今回のと。むしろ同姓同名の金基悳監督とか、金洙容とか申相玉とか、昔の60年代、70年代頃の作品とちょっと似ているかなと思ったんですが、何か影響を受けているのかどうかお願いします。
金基徳:私が映画の仕事をスタートしたのは1993年のことでした。それ以前、生まれて初めて映画を観たのは、私が数え年で33歳の時、1991年です。それ以前は、映画という文化に対して関心もなければ、観る機会もありませんでした。ですから、今挙げていただいたような、韓国の以前の監督さんの作品は観ていませんし、影響を受けたところはないと思っています。もし、ほかの映画監督から何か影響を受けたとしたら、私が監督になってから拝見した今村昌平監督の『楢山節考』という作品から超自然主義の思想を感じ、その影響は受けているかと思います。逆に韓国の監督からは、ほとんど影響を受けていないと思っています。

観客4(日本語):四季を通して人生を描くとおっしゃいましたけれども、その中で食べる行為と排泄行為が1回ずつしか描かれていませんでした。そこを省略したのはなぜかというのを聞きたいと思います。それから、猫の尻尾の筆といったイマジネーションあふれる部分は、どういったところから着想されたのですか。
金基徳:この作品は特別なシナリオがなく、シノプシスつまりあらすじだけで撮影を始めました。撮影は、期間としては1年かかったんですが、撮影の日にちは、春、夏、秋、冬はそれぞれ5日間、そしてもう1回繰り返される春の部分は2日間でした。シナリオがなかったということもあり、撮影に行くたびに、自分の心の中のいろいろな季節のイメージを、頭の中に浮かべていました。食べるとか排泄するとかいったことには、それほど重点は置きませんでした。自分が何回撮ったかも覚えていないぐらい、ほとんど気を遣っていません。そういった日々の営みよりは、季節にこめられた意味、それから人が成長していくというのはどういうことなのか、その過程のほうに重点を置きたいと思いました。
◆それから、猫の尻尾を使って般若心経を書いたりするシーンなんですが、あれは仏教で般若心経と言われるもので、キリスト教にも似たような聖書の中の言葉があるかと思います。ああいったものも先にこれにしようとは決めずに、瞬間的に取り入れたらどうかと思いついて映画の中に入れたものです。

観客5(日本語):すばらしい映画で感激しております。3つほどお願いしたいんですが、最初は、冬のパートで主人公が帰って来て、凍った氷を砕いて舟の中から取り出す。あれは和尚様の歯だったのかしらと思うんですが、歯を故人を偲ぶよすがとして大切にする風習があるのでしょうか。それから、冬のパートで流れた『アリラン』の唄は、『風の丘を越えて』で好きになりましたパンソリなんかにもちょっと似通っているかなと思うんですが、正調アリラン節とかいうようなものなのでしょうか。それから3つめは、どうしてもどうしても気になるのでやっぱり伺ってしまいますが、冬のパートで幼児を抱いて現れた女性が顔を隠していますね。あれはどういう意図なんでしょうか。ぜひ教えていただきたいと思います。
金基徳:氷を割って取り出していたのは、舎利と呼ばれるもので、歯ではないんですね。仏の修行をした人は、亡くなったあとにうなじのこのあたりに、骨の塊の粒状のものができるんだそうです。それを韓国では舎利を呼んでおりまして、その舎利が幾つあるかによって、その人の修行が本物だったのかどうかを判断したり、判断はしないで、そのまま数えるだけのこともあるそうです。ふつう韓国では、和尚さんの舎利を大事に保管しておく習慣があるんですが、この映画の中ではあえてそうはせずに、自然の中に帰すようにしました。氷で仏像を作ってその中に舎利を入れたということは、氷は溶けますので、いつかは自然に帰るという意味あいをこめました。
◆舎利というのは、セックスをしなければしないほどたくさん数ができるとも言われています。
◆たしかに“西便制(風の丘を越えて)”という映画でも『アリラン』が出てくるんですが、あの映画に出てきた『アリラン』はパンソリの唄い方で唄っているかと思います。今回この映画に現れた『アリラン』はそれとは違い、韓国では民謡と呼ばれている伝統的なものです。よく、韓国の人は心の中に恨ハンがあると言い、それは悲しみや苦しみや心の中にしこりになった様々な気持ちなんですが、その恨がこめられた唄ということでよく知られています。私たち韓国人は、心の中に恨を抱いて日々生きていると思いますので、どうしても映画の中にこの曲を入れたいと思いました。
◆私は、最後の女性が誰かを特定することは大事ではないと考えています。あの女性はもしかしたら私たちの姿かもしれませんし、夏に訪ねてきた少女だったかもしれません。断定せずに、自分たちの姿と考えていただいてもいいし、誰もがあの姿になり得ると思っていただければと思います。

司会:この『春夏秋冬…そして春』は、SPO配給によりまして、2004年に公開を予定しております。加えまして嬉しいお知らせで、『春夏秋冬…そして春』の前の前の作品になります『悪い男』、これが来年の2月の月末に決まりました。東京では新宿武蔵野館での公開になりますので、ぜひ観ていただければと思います。その前の『受取人不明』、これは第2回TOKYO FILMeXでご紹介させていただきましたが、これも来年の公開を予定しているということで、続々と監督の作品の公開が予定されております。嬉しいかぎりですけれども、ひと言いただけるということでお願いします。
金基徳:最後にひと言申し上げたかったのは、この映画を作っている途中で、私は日本と韓国の文化が非常に関連があると思ったからです。特に今回の撮影中に関連性を感じた点はふたつあります。まずひとつは、水の上に浮かんでいるお寺に行く前に小さな門があったと思うんですけれども、あれは韓国ではイルチュムンと呼ばれているんですが、そこに描かれていたのは四天王の絵です。これは韓国のお寺の四天王をモデルにしたのではなく、日本の奈良県にある非常に大きなお寺の四天王の絵をモデルにしました。私は奈良県にこの絵を見に行ったとき、非常にすばらしい芸術だと思い、どうしても今回映画の中に取り入れたいと思いました。それから、半跏思惟像という日本の国宝第1号に指定されている木造の仏像があると思います。冬の場面で修行僧が肩に背負って持っていくものなんですが、あれも、日本のものと非常に類似したものが韓国にもあり、日本では国宝第1号ですが、韓国では国宝第33号に指定されています。非常に評価が似ているということで、日本とはやはり密接な関係があると思い、半跏思惟像も映画の中に取り入れました。
◆そしてもうひとつ、これは私が今準備している作品なんですが、タイトルは『飛鳥』で、日本の飛鳥時代のお話をもとにしています。韓国で言いますと百済の時期にあたるわけですが、日本の聖徳太子と蘇我馬子と推古天皇、そういった人たちが出てくる映画です。この映画を次の作品として準備しているのは、最近日本と韓国の関係はいろいろありますが、もう一度日韓関係というものを振り返ってみたいと思っているからです。
司会:ありがとうございます。次作も早く拝見したいと思います。


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作成日:2003年11月30日(日)