行人電動樓梯
行人電動樓梯(Pedestrian Escalator)は、中環(Central District)から半山區(Mid-levels)に至る世界最長800mのエスカレータである。とはいっても、長い一本のエスカレータではない。ふつうの長さのエスカレータ20基と動く歩道3基のユニットだ。開通したのは1992年10月。二年半、二億ドル以上が費やされたらしい。
◇入口 1998年◇ |
---|
運転は、6〜10時が下り、10時15分〜22時が上りである。一度下りに乗ってみたいと思っているが、まだ上りにしか乗ったことがない。中環から半山區に向かってエスカレータを上りながら、“重慶森林”に出てくる場所を紹介してみたい。
入口は、皇后大道中(Queen's Road Central)の中環街市の近く。ここからしばらくは閣麟街(Cochrane St.)の上を走る。士丹利街(Stanley St.)と交わるあたりでいったん降りて、上環のほうへ入ってみる。士丹利街には、警官633(梁朝偉)がよく食事をする屋台街がある。食事中に阿菲(王菲)に偶然会い、野菜の籠を運んであげる通りは、両側に野菜や果物の露店がずらりと並び、狭い通路は人でいっぱいだ。これは閣麟街と平行して走る嘉咸街(Graham St.)あたり。ごちゃごちゃしていて庶民的で活気があって、下町の魅力が溢れている。行人電動樓梯に行くといつもこのあたりに足が向いてしまう。
◇空中を走る電梯 1995年◇ |
---|
この魅力的な部屋は、キャメラマンの杜可風のアパートだ。私はかつてこの部屋を探しに行き、さんざん探して見つけられなかったことがある。エスカレータとの位置関係から推測して、このブロックに違いないというところまで特定できていたにもかかわらずだ。その次に行ったときにはちゃんと見つかったのだから、なくなっていたわけではない。おそらく、映画で観ると実物よりもきれいに見えるせいだったのだろう。
◇杜可風のアパート 1998年◇ |
---|
しばらく前までアパートの横は空き地だったので、荷李活道に曲がるところのエスカレータの角から警官633の部屋の窓が見えた。阿菲がその窓から紙飛行機を飛ばし、警官633はそれを見かけて彼女が部屋に入りこんでいるのを知る。しかし空き地に新しい建物が建ってしまい、もうここから警官633の部屋の窓を見ることはできない。最近このあたりには小綺麗なお店が増え、そこに白人が集まってきて、第二の蘭桂坊といった雰囲気になりつつある。つまらない。
◇電梯が走る通り 1995年◇ |
---|
荷李活道を過ぎると、行人電動樓梯は些利街(Shelley St.)を走る。些利街が伊利近街(Elgin St.)にぶつかるところでエスカレータはいったん途切れるので、外に出て伊利近街を横断しなければならない。再びエスカレータに乗って、さらに些利街に沿って上る。途中の踊り場から、これまで上ってきた道を振り返ってみる。古い建物が立ち並ぶ、生活臭に満ちた香港の街が広がっている。
堅道(Caine Road)を越えると、右手に合記士多という果物屋がある。半年追い続けた犯人を逮捕した阿武(金城武)は、いいことがあるといつも電話していた以前のガールフレンド、阿美に、この店先で電話をかける。しかし男性が出たため、阿武は叫びながらエスカレータを駆け上がる。
◇出口 1995年◇ |
---|
寄り道しながらのエスカレータの旅は、けっこう時間もかかり、達成感がある。出口に降り立って半山區の風に吹かれると、なんだかすがすがしい気分になる。行人電動樓梯は、“重慶森林”を観た人はもちろん、観ていない人も一度は行ってみてほしいところだ。上って行くにしたがって少しずつ変わっていく街の雰囲気が味わえるだけでなく、この異様なエスカレータ自体が、香港というものを端的に表しているように思えるからだ。
さて、どうやって戻ろうか、と考える前に、ここまで来たらついでに立ち寄りたい場所がある。“阿飛正傳”(『欲望の翼』)で、電話ボックスの前で警官(劉徳華)が麗珍(張曼玉)の電話を待っていた、あの坂道だ。干徳道を西に10分ばかり行くと、左手に衛城道(Castle Rd.)という下り坂がある。これが干徳道の下をくぐるところが、“阿飛正傳”の舞台である。撮影用に設置された電話ボックスやバス停はもちろんなく、観光的には見るべきものは何もない。しかし昼間でも暗いこの場所には、今でも“阿飛正傳”の中のあの60年代の空気が、かすかに感じられるような気がする。ただし、干徳道をくぐった向こうにいつのまにかできているパステルカラーのガードレールは、景観を台無しにしているし、見通しが悪いのに車がスピードを出して下ってくるので、轢かれたりしないように気をつけなければならない。
■ 行人電動樓梯に関する文献 ■ ↑As Films Go By -香港篇-に戻る ■