北公園

■夏目漱石:『満韓ところどころ』(「夏目漱石全集7」[B266])

 余は股野と相乗りで立派な馬車を走らして北公園に行った。と云うと大層だが、車の輪が五六度回転すると、もう公園で、公園に這入ったかと思うと、もう突き抜けてしまった。それから社員倶楽部と云うのに 連れて行かれて、謡の先生の月給が百五十円だと云う事を聞いて、また馬車へ乗って、今度は川崎造船所の須田君の所の工場を外から覗き込んで、すぐ隣の事務所に這入って、須田君に昨日の御礼を述べた。事務所の前がすぐ海で、船渠ドックの中が蒼く澄んでいる。あれで何噸トンぐらいの船が這入りますかと聞いたら、三千噸ぐらいまでは入れる事ができますという須田君の答であった。船渠の入口は四十二尺だとか云った。余は高い日がまともに水の中に差し込んで、動きたがる波を、じっと締めつけているように静かな船渠の中を、窓から見下しながら、夏の盛りに、この大きな石で畳んだ風呂へ這入って泳ぎ回ったらさぞ結構だろうと思った。(《十五》p471)